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あの事件から、一ヶ月の時間がたった。あのあとようやく警察が到着して、西条さんは病院へと運ばれた。結果的に言うと、西条さんは死んではいなかった。一時は生死を危ぶまれたが、どうにか一命を取り留めたみたいだった。体は。
西条さんは、未だに病院のベッドで横たわっている。ずっと眠り続けている。あの時、頭を強く打ち付けた西条さんは、身体にはもう何の異常もないはずなのに、一向に目を覚まそうとしなかった。このまま、一生目覚めない可能性が高いらしい。西条さんがこんこんと眠り続ける間に、警察の捜査は淡々と行われ、そして小暮が言ったとおりになった。証拠も何もかもが、西条さんが東堂さんを殺したということを指していた。東堂さんを殺した犯人は、西条さんということになった。
僕と小暮はというと、大学が始まり、またいつもの通りの日常を過ごしていた。ただ、前よりも小暮と一緒にいる時間が増えたような気がした。サークルで活動している時以外でも、例えば図書館で本を読んでいる時や、食堂で昼食を食べている時とかに、ふと気が付くと小暮が僕の隣や前の席にいつの間にか座っていることが多くなった。それに小暮はよく笑うようになったと思う。前まではいつだって無愛想で、あまり感情を表に出さないやつだったのに、あの事件があってからというもの、優しげな何か愛おしいものを見るかのように、笑うようになった。
…あの時、小暮は西条さんが犯人だと断定していた。どうして? ずっとそれが不思議で仕方がなかった。あいつは、全てわかっていたはずだ。わかっていたのに、どうしてあんなことをしたんだろうか。
「…先輩、俺に何か聞きたいことがあるんじゃないですか。」
ミス研の活動(といっても部室でただ本を読むだけなんだけど)、あのときの小暮の行動について考えていると、いつの間にか目の前に立っていた小暮が僕にそういってきた。聞きたいこと。そんなの決まっている。あのとき、西条さんを犯人だと言った理由だ。
「……、なぁ、どうして西条さんが殺したなんていったんだよ。」
僕がそういうと、小暮はにこりと微笑んで、
「あの人が犯人だからですよ。」といった。
「違うだろ…。西条さんは犯人なんかじゃない。だって、東堂さんを殺したのは。」
そうだ、東堂さんを殺したのが、西条さんだなんてあり得ないんだ。僕はそれを知っている。僕だけがそれをわかっている。だって…。
「先輩だから。」
小暮が僕の言葉を引き継いでいう。そうだ、彼女を殺したのは、僕だ。僕以外、いない。あの夜、小暮のベッドで目を覚ました僕は、合鍵を使って東堂さんの部屋に入ったんだ。彼女はもう眠っていた。僕がその綺麗な寝顔をずっと見ていると、気配に気が付いたのか、彼女が目を覚ましてしまった。目を覚ました彼女は、怯えたように僕から逃げようとした。だから僕は、灰皿で、彼女の頭を、殴ったんだ。ぴくりとも動かなくなった彼女をみてとてつもなく怖くなって、何もかもそのままにして僕はそこから逃げ出した。自分の部屋に戻って、まだ小暮がいないことにほっとしてそのまま自分のベッドで眠ったんだ。オレが、彼女を、殺した。
「知ってましたよ。先輩が彼女を殺したことも、それがいつバレるか不安に思っていたことも、俺が余計なことを言わないように監視していたことも、全部全部、知っていましたよ。だって、先輩のことですから。」ふわりと、柔らかな笑みを浮かべて、小暮がいった。
「俺、頑張ったんですよ? 先輩がそのままにしていた灰皿の指紋もふき取りましたし、合鍵だって、ちゃんと受付に戻しておきました。もちろん、鍵は閉めて。時間を稼ぐために電話を使えなくしたのも、あの人の部屋に208号室の鍵を置いたのも、俺です。意外に簡単に終わってしまったんで、拍子抜けしちゃいました。」
小暮が浮かべるその笑みが、怖い。言いようのない恐怖がオレを襲って、体が震えるのを止めることができなかった。
「どう、して。どうして、そんなことしたんだよ。西条さんを陥れる必要なんて、どこにあったっていうんだ。」
「どうして? そんなの、先輩のために決まってるんじゃないですか。」
こともなげに小暮がいった。オレのためって、そんなの、理由にすらならない。
「それ、だけ? それだけのために西条さんを…?」
「ええ、そうですよ? だって、よく知りもしない赤の他人よりも、先輩の方が大切ですから。どうして俺が、先輩を追い詰めるようなことしなければいけないんですか。」
…狂ってる。微笑む小暮が恐ろしくて、少しずつ後ずさる。ドンっと背中に本棚が当たった。
「お前、おかしいよ。狂ってる…! 」
「それは、先輩も同じでしょう? 俺があの人のことを追い詰めているとき、先輩、何も言いませんでしたよね。いくらでも、その機会はあったはずでしょう?」
小暮が、近づいてくる。少しずつ、少しずつ小暮が近づく。息があがっていく。そして、目の前に小暮が立った。にっこりと小暮が笑った。
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