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第3話
「おい!ガルー?ガルー、起きろ!!」
言い合いをしていた二人が、それから気が逸れる位の大鼾をかくガルーが気持ち良さそうに寝ているソファに近付くと、その広くガッチリとした肩を揺り動かした。
「あ?あぁ、すまんすまん。」
ガルーが頭を掻きながら大欠伸をしてソファに座り直す。
「何だか楽しそうな顔してたよ?」
スーラがその横に座りながら尋ねる。
「お前がこの国に、この城に連れて来られた日の事を夢見ていた。」
「懐かしいなぁ…あの森にも暫く行ってないんだよねぇ…ねぇ、今から皆で行ってみない?」
スーラがソファから立ち上がり、二人の顔を交互に見る。
「悪い。夢見た懐かしさで行きたいのは山々なんだけれど、そろそろ仕事に戻らないと。なんて言ったって今日は我らが王子の成人の儀。騎士団長の名にかけて素晴らしい式典にしてみせる!…と言うわけだから、すまないが二人で行って来てくれ。」
スーラがそれを聞いて少し悲しそうな顔をした。
「そうか、ガルーは行けないのか…じゃあ、バイバイ。」
「あぁ、行って懐かしんで来い!あ、でも見つからないように行けよ!それとラントア、例のこともあるから遅刻厳禁な!」
扉から体半分廊下に出したところで振り向いてウィンクした。
「分かってる。いつもの通路で行くさ。」
ラントアの答えに頷き、じゃあなと手を振ると、ガルーの姿は扉の向こうに消えた。
「それじゃあ、俺達も行くか?」
ラントアがスーラを見ると、ガルーが出て行った扉をじっと見つめている。
「どうかしたのか?」
心配そうに尋ねるラントアに向き直ったスーラが呟いた。
「これで一人か…」
「何か言ったか?」
ううんと首を振ると、行こうとラントアを促した。
城の者達の目を掻い潜り、ガルーに言った秘密の通路を抜けて外に出る。
外でも城の中と同様、いやそれ以上にラントアの成人の儀の為に、家々や道路が飾り付けられ、音楽が鳴り、色とりどりの料理や酒などが道路に配置されたテーブルに置かれている。小さな露店が並び、目を輝かせた子供達の無邪気な声が聞こえて来る。
「すごい楽しそう…」
スーラがそれらから逃げるように森に向かって足を早めた。
自分を祝ってくれる者達をじっと見つめていたラントアが、後ろを振り返りそれに追いつくように駆け出した。
「どうした?いつもならもっと…」
追いついたラントアがスーラの腰を抱き、その歩みを少し遅くする。
「見ていたかったけれど、森に行かないと式典自体に遅刻してしまうだろう?それにラントアはその前にもたくさんやる事がありそうだし…遅刻なんかで式典を台無しにしたら鬼の騎士団長、1000人力の不死身の男ガルーに怒られちゃう。」
「ははは、それもそうだな。それに、こうやって森に続く道は静かでいい。この世にまるでお前と二人きりのようだ。」
ぐっと体を密着させるラントアに応じるようにスーラもその腕をラントアの腰に回す。
まるで一つの体のようにお互いをくっつけて森への道をゆっくりと歩き出した。
しばらく行った森の入り口で二人が立ち止まる。
「ここだったな。」
ラントアの問いかけにくっついていた体を離して、スーラが草むらに入って行った。
「ここで泣いていたんだ、僕。」
しゃがんで、ラントアを見上げる。
ラントアもそばに近寄ると同じようにしゃがんでスーラの手を取った。
「どうしたの?大丈夫?」
そう言うとスーラを草むらから出すように手を引っ張った。
「ふふ…あの時のまんまだ…見た目も変えようか?」
「あぁ、そうだな…」
ラントアが頷くと握っていた手が透明なゼル状に変わり、スーラの着ていた服が草むらにごちゃっと脱がれている。
それを無言でラントアがどかすと、中からスライムが1匹。
それを胸に抱き上げたラントアがその名を呼ぶ。
「スーラ…」
「もう、あの時の続きするんじゃなかったの?」
そう言って、ラントアの腕からスライムとなったスーラがするりと抜け落ちる。
いなくなった感触を掴むように腕をぎゅっと握り合わせたラントアが、スーラに微笑むとそうだったなと頷いた。
「僕、みんなと逸れちゃったんだ…色んな人にお願いしたのに、誰も助けてくれなくて…。」
「はぐれスライム?なら、僕…俺の城に来ないか?俺はラントア。今日成人の儀を迎えるこの国の王子だ。」
「ラントア…?」
「お前はスライムだからスーラって呼んでやる。なあ、スーラ。この国とお前の仲間の住んでいる彼の国とは昔からいざこざが絶えなかった。それを憂いた俺たちの先祖がこの国の王とその王の眼鏡にかなった彼の国の者とを子孫残しの相手とする事で、二つの国を友好にしようと考えた。」
「ラントア…。」
握られた腕を振り払おうとするスーラを逃さぬように、ラントアが手に力を込めたままで話し続ける。
「二人の間に子ができればそれで良し。その後、そのまま一生を添い遂げても、二人別々の道を歩んでも…俺はその手を離しはしないがな…スーラ。」
そう言って、いつの間にか人型に戻ったスーラの手に口付けた。
その日差しのもとで輝く滑らかな肌。そこで主張するスーラのモノにラントアが視線を止めた。
「僕は子孫残しの相手にはなれない。ラントア、僕にはその為の器官がない。」
「コレが付いているから、器官がないから諦めろと?俺を甘く見てるようだな…それも含めて全てに決着したからこうやってお前との事を王達にも納得させた。」
「どう言う事だ?」
脱ぎ捨てられた服を拾い上げ、パンパンと付いた埃を払うように翻していたラントアが、それらをスーラに再び着せる。
「言葉の通りだ。お前は私との世継ぎを産める…いや産ませる。もうその準備もしてある…少々その身にキツイ事もあるだろうが、それも全てお前と俺の為。一緒に乗り越えていこう。」
そう言って、再び着替えたスーラの手を取った。
「なあ、スーラ。俺にとってあの日ここで出会ったお前こそが唯一無二の者。お前がこの事を拒むならば、誰とも子孫残しはしない。誰もそばに置く事もしない。俺をそんな寂しい人生にさせないでくれ。この横に、いつでもその笑顔で俺と共に生きてくれないか?」
「…ずるいよ、ラントアは。そんなこと言うのは卑怯だ!」
「卑怯だろうがこれが俺の偽らざるお前への気持ちだ。それを受け入れてくれぬのであれば、俺はこの国と彼の国との掟を破り、再びの戦禍を招いたとしても、誰をも受け入れるつもりはない。」
キッパリと言い切るラントアにスーラが苦笑する。
「少し…少し考えさせて…そう、城に着くまで…」
そう言って俯くスーラの腰をわかったと言って抱くと、二人は城に向かって来た道を戻って行った。
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