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第39話

暗い地下室を影が通り過ぎて行く。 術師の集う部屋の前に着くと、扉と床の隙間から難なく部屋の中に入り込む。 周囲に人はいず、大広間を横切って自分の部屋に扉の隙間から入る。 ゆらめく蝋燭の炎。 静かな部屋の中で、苦しそうな息遣いだけが聞こえる。 床に転がされ、手足を縛られたスーラが影に気が付き、それから離れようともがく。 「子孫残しの約定を交わした者にかかる制約か。相手から逃げようとすれば体が動かなくなる。国から逃げようとしても同じ。そして、相手と離れた場合、このように段々と弱っていくとは…これはまだ私の知らない事があるかもしれないな。」 スーラに近付きながら独り言のように呟く。 「来る…な…」 弱々しいスーラの声に、影が笑う。 「別に何もしはしない。ただ、ラントアにはもう会わせない。その腹の子も同じく、この部屋で静かに消え去ってもらう。」 「ラントアは…仇…なのに…何で、こんなに…会いたい…」 スーラが唇を噛み、涙を溢す。 「それも全て約定の所為…にしたらどうだ?」 「え?」 「お前の本心が会いたがっているわけじゃない。約定によってそう言う勘違いをさせられているだけ…だとな。」 「勘違い…」 「ラントアはお前の国と仲間を滅ぼした仇なんだろう?」 影がスーラの顔をなぞる。 実体のないはずなのに、冷気を感じてスーラが身震いした。 「かた…き…だから、この心は…僕のこの心は…違う。」 「だが、子ができた…お前はラントアに全てを捧げた、仇なのにな…」 「仇の子…やだ!産みたくない!産めない!産んだら僕は本当の裏切り者になってしまう…嫌だ!」 「子を殺してしまえばいい…お前の手で。」 黒い影がニヤッと笑ったように見えた。 「僕が…殺す?」 「ここで二人、ゆっくりと苦しみながら消え去るか、それとも、子を殺して一人朽ち果てるか…選べ。」 「なっ!そんなの選べないっ!」 「ならば私が選んでやろう。」 今度ははっきりと影の中で笑う顔が見えた。 「二人共、苦しみ悶えて死んでしまえ!」 「何もしないって言ったじゃないか?!」 「私はお前に相談されたから、手を貸すだけ…まぁ、でもそうだな。私が手を下してはマズイか…それではこのまま誰にも知られず消えて行け…もう、会うこともないだろう…さようなら、スーラ様。」 「サンクリウス…?!」 「ああ、そうですよ。私です。」 「何で?何でこんな事をっ?」 「あなたには何も恨みなどはありません。全てはラントアの為。」 「この事がラントアの為?」 「ええ。あなたにはわからなくてもいいんです。ただ、あなたはここで消えればいい。それがラントアの為…そろそろ、私は行きます。それでは…。」 影の形がぼやけるとそのまま霧のように消え去った。 「僕がここで死んだら、ラントアの為になる…か。それもいいのかもな…ごめんね、産んであげられなくて。」 影が消えると同時に蝋燭の炎も消えた暗い部屋の中で、スーラがお腹を抱きしめたまま、瞳を閉じた。

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