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第9話 猟犬様の獲物は④

 ふわふわの金尾がふりふりと揺れる。揺れる度にちらちらと茂みから見えたり隠れたりを繰り返す。  ライはそれをしばらく眺めた後、前を向いて歩き出した。  少しだけ離れて立ち止まり、周りを見渡している。背後では先程の金尾が少しずつ近づいていた。  こそり、こそり、と茂みの中を動いて、ついにライの目と鼻の先までたどり着く。  その瞬間、金尾が飛び出してきた。   「ライさん! ここだよぉ♡」    両手を広げて、満面の笑顔で希望が飛び跳ねる。  ライは驚いた様子もなく「ああ」と頷いているが、希望が「驚いた?」と聞いても「ああ」と答えた。  狩りの練習でかくれんぼをしていたらしい。   「もう一回! もう一回やろ♡」 「じゃあ、場所移動しようか」 「はい!」    希望は見事見つからず、隠れ通したので、尻尾をぶんぶん振って誇らしげに胸を張って歩き出す。希望の話にライが適当な返事をしながら、しっかりと腰に手を回して奥へと進んでいった。      ……という光景を見てしまい、希美は震えていた。    希美は一度は希望を送り出したものの、あまりにも心配でこっそり後をつけていたのだ。  しかし、今は目の前で繰り広げられた茶番を受け入れられず、ただただ目を見開いて震えている。    嘘だろ、ライさん!? 絶対希望見つけてただろうが! 尻尾を見てただろ!! 知ってんだぞ!!    希美にとってライは上官である。猟犬としての能力の高さは尊敬に値するし、仕事での指示も的確でわかりやすい。  しかし、何が気に障ったのか、もしくは、何を気に入られたのか知らないが、希美はライに、ことあるごとに弄ばれ、嬲られていた。ライは遊んでいるつもりらしいが、希美にとっては貞操と命の危険を感じる容赦ない攻撃である。だから、人生でこれほど誰かを嫌うこともないだろうと思うくらいに嫌いだった。絶対いつかぶっとばしてやると心に決めている。    それなのに、今こうして、同じ顔の希望をとんでもない糖度で甘やかしていることが恐ろしくてたまらない。  ライは明らかに希望が自分から出てきてしまうのを待っていたし、希望が隠れているのを見つける気はなかった。何してんだあのやろう、と上官に対してあるまじき暴言を吐きそうだ。  待ち合わせからずっと見張っていたが、ライは明らかに希望を特別扱いしている。希美も相当〝可愛がられている〟とは思うが、そういうものでもない。扱いが丁寧だ。いろんなものをあげて、こうして狩りを教えて、デートまで。  あの、ライさんが。  不可解だ。    真面目な希美は考えに考えた末、ある結論に辿り着いた。    ……ライさん、もしかして本当に希望のこと気に入ったとか……?    希美は自分の考えに震えた。いや、でも、そんなまさか、と何度も否定して、考え直す。それでも、目の前の現状が同じ結論に導いてしまう。    釈然としないものを抱えながら、二匹をじっと見つめる。  またかくれんぼを始めたようだ。希望は尻尾をぶんぶん、と振って、茂みの中に消えていく。ぴょこんと顔を覗かせてライが背を向けているのを確認すると、また隠れる。尻尾はやっぱり見えたままだった。  希美はひとつ、ため息をついて立ち上がった。    ……希望が楽しそうだから、今日はいっか。    見つからないうちに帰ろう、と希美は二人に背を向けてその場を後にした。

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