12 / 59

第12話 仔犬ちゃんの勘違い①

 希望は、次があるなら、と非常に控えめな気持ちでライの誘いに頷いたはずだった。  しかし、実際は『次』どころではなかった。    希望は改めてライに「何か俺にできることはないですか?」と尋ねた。ライは少し考えるような素振りを見せたが、希望がじっと答えを待っているのに気づくと、「じゃあ」と答えた。   「前に言ってた、部屋の掃除とか洗濯とか、頼もうかな」 「! はい!」    希望は元気な返事と一緒に、耳と尻尾をピンッと立てた。それなら自分にもできる! と瞳を輝かせる。   「留守にしてることが多いからさ。いつもは適当に任せてるけど、指名しておくから」 「はい! がんばります!」    指名? なんのことだろう? と少し引っかかったが、希望は元気よく返事をして、ライと別れたのだった。      自分の部屋に戻ってから、希美に聞いて、『指名』のことはすぐにわかった。  ライたちのような猟犬の部屋の掃除や洗濯物の回収、そのほか身の周りの世話は学生や若い下官等の仔犬が交代で担当しているようだ。いわゆる雑用係というやつだ。猟犬によっては、気心知れている仔犬や気に入っている仔犬を指名して任せることもあるらしい。  希望はその話を聞いて、そう言えば希美も上官で、今は恋人でもあるユキの部屋に通っていたことがあると思い出した。    士官候補生で、現場にも出動する希美は普通の仔犬たちがするような雑用や訓練は免除されていたが、ユキは希美の指導係であり、バディとして登録されていた。だから、特別に出入りが許されたのだ。誰も文句はなかっただろう。  ……実際は、『女神の最高傑作の一つ』『というか、本犬が女神レベル』『百歩譲っても氷の精霊の化身』と謳われる美貌を持つ、ユキの〝特別〟に選ばれたことで、凄まじい妬み嫉みの嵐だったらしいが、全て蹴散らし、押し通ってやったのだ。  さすが希美、俺の兄弟だけある。    それではもう一匹の『女神の最高傑作』であるライの雑用係はどうだったかというと、一応順番制だったらしい。特に指名のない、他の猟犬たちと同じだ。  ただしライの場合、うっかり希望者を募ろうものなら殴り合い殺し合いが起きかねない人気だったので、公平に順番に、期間を決めていたそうだ。  それでも、部屋に入ることまでは許されていなかったとか。    ……というような話を、希望は初日に、ネチネチと何度も言われた。本当ならその日から担当する予定だった仔犬にはずっと睨まれていたし、今まで順番を守っていた仔犬たちもいい顔はしなかった。  本当にごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです。これなら俺にもできるぞ! なんて、軽い気持ちでのこのこと来てしまって、本当にすいません。  希望は何度も何度も心の中で謝罪をした。   「ごめんね希望くん。気にしないでね」    ザクザクと視線が突き刺さっている中、説明をしてくれた先輩の仔犬はとても優しかった。   「みんな羨ましいだけなの。あのライさんからの指名を受けることができる仔犬なんて、今までいなかったから」 「そ、そうなんだ……?」 「そうだよ? ……ふふ。きっと、君は『特別』なんでしょう?」    笑顔が綺麗で、優しそうな先輩の仔犬は、含みを込めた笑みを浮かべた時だけ、ちょっと妖しく色っぽかった。    しばらくしてその先輩がいつも同じ猟犬の部屋に出入りしているのを知った。  きっと先輩はその猟犬の『特別』なんだろう。  でも、俺は違うよ、と希望は心の中だけで否定した。  ライさんは『ガキに興味ない』んだって。    ……でも、少しは気に入ってくれていると思っていいのかな?  今まで誰も入れなかった部屋への出入りを、許してくれるくらいには。

ともだちにシェアしよう!