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第13話 仔犬ちゃんの勘違い②
希望がライの部屋への出入りを許されてから数週間経っていた。
今日は、ライが留守にしている間に、部屋の掃除を任されている。
……と言っても、ライさんの部屋いつも綺麗なんだよなぁ……。
希望の住む寮と違って、軍の本部に所属するライに与えられている部屋は広い。リビングとダイニング、キッチンが一つの空間にまとまっていて、寝室だけ別だ。
しかし、数日おきに訪ねているが、どの部屋もこれまで散らかっていたことは一度もなかった。一応一通り掃除はしてみるが、すぐに終わってしまう。何もかも整っているので、下手に動かさないように気をつけてはいるが、掃除甲斐のない部屋だ。
洗濯とアイロンがけの終わった制服や衣服もリビングにまとめて置いて、代わりに洗濯物を回収する。
洗濯物も少ない。留守にしていることが多いと言っていたが、それだけ出動要請が多いのだろう。
ライが今まで部屋に誰も入れなかったのは、自分でできるから必要なかったのではないだろうか、と希望は思った。俺が特別なわけではなくて、俺がどうしてもやりたいと言ったからやらせているだけなのでは、と。
最後に寝室のベッドに新しいシーツを敷いて、綺麗に整えた。これで希望の任務は終了だ。
大きいベッドだ。希望が二人、いや三人いたとしてもゆったりと眠れるだろう。
希望の寮のベッドも小さくはないが、希望自身が他の仔犬より背が高いのであまりゆとりはなかった。希望は小さく丸まって寝るタイプの仔犬なので気にならないが、大きなベッドでごろごろして遊ぶのは好きだ。
真っ白なシーツを見ていた希望の尻尾はパタパタと揺れていた。同じようにウズウズと体を震わせると、希望は思い切って真っ白なシーツに飛び込んだ。
ばいん、と軽く身体が跳ねて、柔らかく受け止めてくれる。シーツは乱れたが、また直せばいいんだ、とごろんごろんと転がって、大きくぶ厚いベッドを堪能する。
「楽しい?」
「――っ!?」
希望は勢いよく起き上がって振り向いた。
寝室の扉は開けっぱなしで、代わりに背を預けて笑っているのは、ライだった。
希望は目を大きく見開き、唇は開いたまま震えている。
「……気に入った?」
「ふぁぁ……っ、ごっごめんなさ……っ」
恥ずかしさで瞳はじわじわ潤み、目元から頬が真っ赤に染まっていく様子を、ライが楽しげに眺めていた。
「一緒に寝る?」
「けっ、結構です……!」
「チッ」
舌打ちした!?
***
別の日の夕方、ライが数日間の任務を終えて帰ってきたという知らせを受けて、希望は基地の入り口まで来ていた。
長期の任務から帰ってきた部隊を仔犬たちが出迎えるのは恒例だ。危険な任務を終えてきた猟犬は仔犬の憧れだったので、その勇姿を一目見ようと集まっている。
希望も仔犬たちに紛れて、後ろの方でこっそりとライを待った。
部隊の通り道に仔犬が出てこないように、支柱と鎖、警備兵が道を作って、なんとか形を保っているようだ。
しかし、ライの姿が見えた途端、ぐいぐい周囲から押されてしまう。
ライさんのモテ方えげつないな! と驚いていると、後ろから波が押し寄せてきた。流れに負けて、気づけば最前列まで辿り着くと、ちょうど目の前をライが通り過ぎるところだった。
希望が顔を上げると目が合った。ライはビッと耳を立てて、尻尾をゆっくり振りながら近づいてくる。周囲が色めき立つが、ライの眼差しの先にいるのが希望だと気づいて、じっとりとした視線を向けながら、離れていく。体の周りが空いて少しほっとするが、羨望と嫉妬の眼差しはチクチクと肌に刺さり続けていた。
それも、ライが目の前まできたら、すぐに忘れた。ライの身体から微かに血の匂いがしていることに気づいたからだ。
希望が見上げると、ライはじっと希望を見つめていた。ライの暗い眼差しと、微かな血の匂いに身体が震え、尻尾が丸く縮んでしまう。
「お、お帰りなさい……」
心なしか、ライの纏う空気も荒々しく、近づくと肌に電気が走ったようにビリビリと痺れる。それでも希望は笑顔を作った。
ライは希望のぎこちない笑顔を少しの間じっと見つめていたが、不意に視線を逸らした。
「今夜の予定は?」
「俺? ……な、ないです、けど……」
「じゃあ空けといて」
希望がきょとん、として首を傾げていると、ライは希望の肩に腕を回して引き寄せた。
「あとでな」
それだけ囁いてライは去っていった。
周囲にも十分響いた低く甘い声は、深い意味を想像させるだけさせて、何の誤解も解かないままだ。
希望はザクザクと突き刺さる視線の中に置いていかれてしまった。
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