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第21話 猟犬様の戯れ⑦

 真っ白に弾けて気を失うかと思ったが、希望はかろうじて戻ってきた。  最初に感じたのは汗ばんだ肌の匂いだ。それから強く抱きしめる腕の逞しさと熱さにほっとして、希望は息を吐いた。   「はぁっ……んっ……」    けれど、奥深くまで咥え込んだ熱の存在を感じて、僅かに吐息が震える。  ライの腕は希望の背中と腰に回ったまま、緩む様子はない。    ――どうしよう……まだ離してくれない……。    正気に戻ったことで、今までの自分の淫らで破廉恥な姿が蘇る。何だか恥ずかしくて、身動ぎするが逃れられそうになかった。それどころか、まだ繋がっているところが擦れて、小さな悲鳴と鼻にかかったような甘えた吐息が漏れてしまう。   「……もういい?」 「……?」    もぞもぞを動く希望に気づいたのか、ライが少し腕を緩めて希望を見た。希望はきょとん、として首を傾げる。   「ちょっと離れていい?」    ライの言葉に、希望はますます首を傾げた。離してくれないのはライさんなのに? と考えながらライを見つめる。  希望がぼんやりとしていると、ライはトントン、と希望の腕を宥めるように軽く叩いた。  希望はそこで初めて気づいた。自分の両腕がライの背にしがみついていることと、ライの腰には足を絡めていることに。   「……あ……っ」    ライが離さなかったのではなく、自分がしがみついたままだからライは離れなかったのだ。それに気づいて、ぶわわ、と顔が一気に熱くなる。  すぐさま離れたいが、ずっと力を込めていたせいか、錆びついた車輪のようにぎこちない。それでもライは、引き剥がすようなことはしなかった。抱きしめたまま、希望の背をぽんぽんとあやすように叩いている。  少しずつ力が抜けていって、時間はかかったが、そっと離れる。ライもそれに合わせて、ゆっくりと希望から楔を引き抜いた。   「んんっ……はっ、ぁあっ……」    ライが後始末をしている間も、希望は情事の余韻で身体が怠く、くったりと横たわったまま動けなかった。けれど、腹の奥にまだライがいるような気がして、無意識に腹を撫でる。   (……ライさんの、ここまできてた……)    中を押し広げていたそれがなくなって、ほっとしたが、同時にきゅぅんと奥が切なく疼いた。    ――しちゃったんだ……。本当に、最後まで……。   「歩ける?」    靄がかかったような頭で腹を撫でていると、上からライの声が降ってきて、心臓が跳ねた。  顔をあげるとライの視線とぶつかる。ライはじっと希望を見下ろして、答えを待っている。けれど、希望は呆然とライを見つめ返すので精一杯だった。   「……立てそう?」 「あっ、……は、はい」    慌ててソファから降りようとするが、床についた足はかくんっと力が抜けてしまい、バランスを崩す。倒れた先にはライの厚い胸板があって、そのままひっくり返るような無様な姿は晒さずに済んだ。   「ご、ごめんなさい……」    そう言ったものの、力はどこにも入らなくて、ライの胸に寄りかかった状態だ。情けなくて消えてしまいたい気持ちと、『でもこれは俺が望んだことではない!』という反抗心がぶつかり合う。   (ライさんも黙ってないで、いっそのこと思いっきり馬鹿にして、笑ってくれればいいのに……!)    希望が恐る恐る顔をあげる。  しかし、ライの表情を確認する前に、ライは希望をひょいっと抱き上げてしまった。   「わっ、っんひゃぁ?!」    慌ててライの首に腕を回してしがみつく。大きくなってからは、誰かを抱き上げることはあっても、抱き上げられることなんてなかった。  重くないはずはない。けれどライはよろめきもせず、そのまま廊下へと歩き出した。   (ど、どこいくんだろう……?)    希望はパチパチと何度も瞬きをして、ライの行く先を見つめる。ライの胸に身体を預け、腕は首に回したままだ。   (あ、お風呂に連れてってくれるのかな?)    向かう先にある扉に気付いて、希望は一人納得した。どこもかしこもぐちゃぐちゃで、どろどろで、雄の匂いが染み付いている。  洗い流したい。できるならなかったことにしてくれてもいい。    しかし、ライはその扉の前を通り過ぎてしまった。   「……?」    希望は、ライを見上げて首を傾げた。希望を見ていない暗い眼差しに、じわりと正体不明の不安が押し寄せる。ライが一歩進む度に、心臓がドッ、ドッ、と大きな鼓動で警告している。   「ライさん……?」 「ん?」 「ど、どこ行くの……?」 「んー?」    ライはちょうどもう一つの扉の前で立ち止まった。  僅かに開いている。ライが肩で軽く押せば、ゆっくりと静かに、扉が開いていった。  暗い部屋に、希望が時々遊んでいた大きいベッドが白く浮かび上がる。   「……!!」    目を見開いて固まる希望の額にライがキスして、愛おしげに頬を擦り寄せる。希望は思わずライを見上げた。   「ベッド」    続き、しよ。    ライの言葉に、希望は息を飲んだ。  甘く低く囁いて、目を細める。優しげな笑みを浮かべる表情とは対照的に、瞳の奥では、暗い光が妖しく揺らめいている。   「……あっ、いやっまっ……あぅっ!」    ライは部屋に入ると、希望をベッドに放り投げた。うぅ、と呻いていたが、ガチャリと音が響いて、はっとして顔を上げる。ライが扉の前にいるのを見て、施錠の音だったのだと気付き、青ざめた。  ライはTシャツを脱ぎ捨てて、再びベッドへ近づいてくる。   「い、いやっ! やっ……!」    ふるふる、と首を振って、重い身体を引き摺るようにベッドの上を後ずさる。  両手をついて起き上がろうとするが力が入らない。   「どうした? こっちおいでよ」 「ひゃんっ?!」    逃げようとする希望の、怯えて隠れるように丸まった尻尾をライが乱暴に掴んだ。希望はビクンッと震えて悲鳴を上げる。  へなへなと力が抜けて、ベッドの上で伏せてしまった。   「やっと触れた。やっぱり尻尾も弱いんだ? 可愛いね。もっとよく見せて」 「ひっ、やっ! やぁっ……!」    尻尾をぐいっと乱暴に引っ張られて、腰だけを高く上げざるを得ない。恥ずかしい体勢に震えていると、ライはぐちゅぐちゅと中を乱し始めた。   「ひっ!? あっ! ああ! あんっ! ひゃぁんっ……!」 「中切れてない? ちょっと赤くなってるけど、まだローション残ってるからいっか」 「ぁあっ! なっ、なにがっ……あっ! ん、んぅっ……?」    あっさりと指を引き抜かれてほっとしたのも束の間、指より太い熱を押し付けられる感触に、ビクリと肩が震える。    ――えっ、あ、これ……!?    つい先程教え込まれた雄の形が再び容赦なく、希望を貫いた。   「――っ!!」    大きく仰け反って、腹の奥を抉られ声も出ない。突然の衝撃に、目を見開き、ビクビクと身体を震わせた。   「……はっ、ぁあっ…! んぁ、あっ……! あぁっ……!」    雄を受け入れたそこは、きゅんきゅんと締め付けて悦び、ビクビクと痙攣するように震えている。   「……あれ、今のでイッたの?」    ライが後ろからぐいっと顎を掴む。希望の上半身を起こしてみると、とろんと蕩けた眼差しで半開きも唇からは赤い舌が覗いていた。   「……ふぁ……っ? い、い、ってな……」 「イッてるよ」    ほら、とライが視線を下に向けさせる。ライが示す先では、とぷん、と白濁が溢れていた。   「あっ……? え……?」    自分の身に何が起きたのか、希望は理解できなかった。ただ身体は雄を受け入れて歓喜に震え、あまつさえ、白濁の熱を放ったのだ見せつけられ、羞恥に震える。  ライが希望の顎を離すと、支えを失った身体はあっさり倒れ込んだ。   「ほら、腰上げて」 「ひゃぁぁんっ!」    ライが希望の尻尾を掴んで、ぐいっと持ち上げる。腰を上げさせることで、ライが犯しやすく、希望にとって屈辱的な体勢を強いられる。  尻尾を掴まれ、希望の身体はびくびくと震えていた。けれど、乱暴に引っ張られた痛みで、僅かに希望は正気を取り戻す。   (こ、このままじゃまたヤラれちゃう!)    希望は力を振り絞って、背後で尻尾を掴むライの腕をバシッと振り払った。  ライが僅かに目を見開くが、楔は希望を貫いたままだ。希望は必死にライを押し返そうと力を込める。   「お、おれもう、か、帰っ……あっ!!」    ライは必死に伸ばした希望の腕を掴むと、そのまま後ろに捻りあげた。反対の手では希望の頭を抑え込んで、ベッドに押し付ける。   「いやっ……離せっ…もう帰る…っひ……!!」    ガリ、とうなじに牙を立てられて、希望は、小さく悲鳴を上げた。噛まれたところから電気が走ったように痺れて動けない。恐怖の記憶が全身を凍りつかせた。  希望が大人しくなると、ライは噛み跡をじっくり舐めて、吸い上げる。ふるふると震える希望の金耳に気づき、唇を寄せる。  言い聞かせるように、低く、ゆっくりと囁いた。   「帰さない」    希望がライを見上げると、ライは笑っていた。けれど瞳は暗く、鋭く、妖しく光る。  喉の奥で唸り、堪えきれないとでもいうように鋭い牙が垣間見える。息は僅かに荒く、それを抑え込むようにフーッと一度吐いた。   「……あんまり煽んなよ。加減できなくなるから」    獰猛で残忍な笑顔の向こう側、真っ黒な尻尾がパタパタと楽しそうに、無邪気に揺れている。  こんなひどいことをしているのに、ライにとっては戯れだとでも言うのだろうか。    一晩中弄ばれながら、 『悪魔の尻尾は、きっとあんな形をしてるに違いない』と希望は思った。

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