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第23話 猟犬様のお気に入り②
――今思えば。
最初から必死で抵抗すれば、逃げれたんじゃないかって。
戯れてるだけ、触られるくらいなら、と思って許してしまった。恥ずかしいところを弄ばれているのにすごく気持ちよくて、逃げなきゃってことを忘れてしまった。
Tシャツがちょっと絡んでただけなんだから、振りほどいて、逃げればよかったんだ。
いや、その前に、部屋でふたりきりになるのも間違っていたような気がしてきた。
そもそも、最初からぜんぶ……。
何がいけなかったの? どうすればよかった?
今更考えてもどうしようもないことなのに、考えてしまう。
仔犬に興味ないって、言ってたのに、なんで、あんなことになっちゃったの?
考えれば考えるほどわからなくなる。
全部なかったことにしたい。忘れたい。
だけどライさんはそうはさせてくれなかった。
***
「んんっ…ん、はぁ、ぁっ……!」
長く執拗な口づけから解放されて、希望は息をついた。潤んで滲む視界で薄暗い部屋の扉に目を向けるが、それが気に入らなかったのか、再びライに唇を奪われてしまった。後頭部にはライの大きな手が回って、逃すつもりなどない、とでもいうように押さえつける。このまま飲み込まれてしまうのではないかと思うほど深く、強く、重ね合った。
反対の腕は腰に回って、壁際に追い込まれていた。さらには、ライの膝が希望の足の間にぐっと入り込んでいて、布越しに僅かに擦れるだけの刺激で腰が震えてしまう。
友達との平和な時間から連れ去られて、すぐ近くの建物は本部だった。希望は入ったことはないし、近づくことさえも躊躇うような場所だ。
その本部の一室に、希望は強引に連れ込まれていた。
大きな会議室のようだった。
中心には円卓があり、周りには革張りの大きな椅子が並んでいる。
誰かに見られたらどうしよう、と怯えていたが、杞憂に過ぎなかった。近くを歩いていた誰かには確実に入るところを見られてたはずなのに、しばらく経っても誰も止めに来ない。それどころか、部屋の近くを通るような気配もない。
ライを止めようとは誰も思わないのかもしれない。
自分でなんとかしなければ、と希望はライに縋る腕に力を込めた。
「んんっ!? んっんんっ、あっ……、ふぅ、んぅっ!」
ライの腕が腰から離れてほっとしていたら、希望の胸の突起へと伸びていた。Yシャツの上から、指の腹で擦ったり、引っ掻いたりと弄ぶと、身体がびくびくと跳ねて、鼻にかかったような甘い声が漏れた。手遊びのような刺激なのに、抵抗の意思はあっさり砕けて飲まれていく。
足が震えて、立っていられないほどなのに、ライの膝が足の間に入り込んでいるせいで崩れ落ちることもできない。胸の刺激から逃れようにも、背中は壁に押し付けられている。壁とライに挟まれて支えられ、口内と胸の刺激だけで理性が遠いていった。
あんっ…もぉ…むりっ……!
誰が入ってくるとも知れない場所なのに、何も考えたくなくて、快楽に委ねてしまいたかった。
けれど、ライの手が希望の胸元のYシャツを掴んだところで、はっと我に返った。慌ててライの身体を、強く押し退けて叫ぶ。
「ダメッ!」
「あ?」
希望はライを睨んで、胸元をぎゅっと抱きしめるように隠す。それまで抵抗らしい抵抗などできていなかった希望の突然の反抗に、ライは僅かに眉を寄せた。
「シャツ破かないでよ!」
「あー? 何だよ急に」
「ライさんがシャツ破いてダメにしちゃった時、大変だったんだから!!」
数日前、ライに連れ去られて、同じように襲われた時は問答無用で破り捨てられた。気付いた時にはボタンなんかほとんど残っていなくて、パリッとしていた生地はよれよれになってしまっていた。ライは「またな」って去っていくし、どうにも隠しようもないままの姿で一人きり置き去りだ。仕方なく、小さくなって、泣く泣く寮に帰ったのだ。視線が痛かったし恥ずかしかった。
Yシャツは制服の一つだった。破損しても申請さえすれば新しいものを貰えるが、古いものも交換の形で渡さなければならない。
ひどい有り様のYシャツと俯いたままの希望を交互に見比べ、言葉を失っていた職員の表情を希望は見ていられなかった。そっと手渡された『みんなの相談室』の電話番号入りのカードも結局使えてない。
「ライさんのせいで俺がどんな辱めを受けたかっ……!」
「へー、じゃあ脱げば?」
「は?!」
壁に追い込まれたままライを見上げると、深くて鋭い瞳が見つめていた。大きな体が大きな影を形作って希望を覆っている。
口元は笑みの形に歪んでいるのに、瞳は真っ暗だ。真っ黒い尻尾が視界の端で、不気味に揺れている。
「脱げよ」
「な、なんで…っ! やだっ……!」
「そう? じゃあこのままヤろっか?」
ライの手がするりと腰を撫でる。希望がビクリと肩を震わせるが、ライの手はそのままゆっくりと腰から下へと這っていく。
「やっ……」
「脱がなくても、この尻尾から下を引き裂けばヤれるけど、どうする?」
「なっ……!?」
「どうする?」
「……!!」
希望は唇を噛み締めてライを睨んだ。ライはそれを軽く笑って受け止めて、「どっちでもいいよ」と続ける。希望の反応を楽しむように笑みを浮かべ、答えを待っている。
余裕のある笑みが希望の神経を逆撫でする。何か言い返したいのに、希望は睨むことしかできなかった。
希望が拒んでも、ライは躊躇なく、希望の衣服を破り捨てるだろう。尻尾から下、と言っているが、上もどうなるかわからない。だが、間違いなく希望はここであられもない姿を晒すことのなることだけはわかる。
そんな状態で見つかったら、流石に誰かしらに事情は聞かれるだろうが、聞かれて正直に答えたところで、きっとライに不利益になることはない。いったい誰が、最強の猟犬ライを咎められるのだろうか。
もし咎められたとしてもライは気にしないのかもしれない。希望にしたことを誰に知られても困らないんだろう。
だから「どっちでもいいよ」と笑っていられるんだ。
しかし、希望は知られたくなかった。希美や友達に心配をかけたくない。
恥ずかしい姿を晒すのだって絶対に嫌だ。
「……っ」
ライを睨みつけていた瞳が悔しさで潤んで揺れるのを、ライは目を細めてじっと眺めている。
視線に耐えられなくて、希望は目を逸らした。
「……じ、自分で脱ぐから、離して……っ」
噛み締めていた唇は震え、目元は恥ずかしさと悔しさで真っ赤に染まっていた。
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