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第25話 仔犬ちゃんは諦めない①

 このままではまずい。非常にまずい。  なんとかしなくちゃ、と希望は危機感を募らせていた。    ライさんに捕まっちゃだめだ。連れて行かれたら、もう逃げられない。触れられて弄ばれメロメロにされる。その前に逃げなきゃだめだ。    固く決意する希望の前に、ライはいつも急に現れる。気配がする時もあるけれど、気付いた時にはもう手が届く位置にいるのだ。恐ろしい。No.1の猟犬の名は伊達じゃない。  希望が気配を感じたのだって、希望を怯えさせる為に、わざと感じられる程度に気配を滲ませたに違いない。    意地悪過ぎる。顔は良いのに性格がねじ曲がっているんだ。   「どうした? 今日はひとりか?」 「ひぃっ!?」 「ビビりすぎだろ」    主にライへの悪口ばかり考えていたら、本物が目の前に現れた。思わず飛び上がって後退ると、ライは可笑しそうにケラケラ笑っていた。    希望は黙ったまま、じろりとライを睨みつける。じりり、と足元で砂がなる。咄嗟に後退ったことで、ライから少しだけ離れることができた。  けれど油断はできない、と希望はライを睨みつける。  鋭い眼差しだったが、ライは相変わらず楽しそうに笑って眺めている。  希望の態度など少しも気にしていないライが気に入らなくて、希望はぷいっと顔をそらした。希望なりに『今日こそは、無体を許さないぞ』という意思を示したつもりだった。  けれど、ライは気にも留めず、あっさりと距離を縮めて希望の肩を抱き寄せた。   「じゃあ、ちょっと時間あるし、遊んであげる」 「じゃあってなんだよ! 友達といても関係なかったじゃん!」 「そうだっけ?」 「~~っ!!」    希望はライの腕をはたき落とす勢いで弾き、離れようとしたが、ライはあっさりと受け流してしまう。   「いいから、おいで」 「やっ! やだってばっ……ひゃぁぅん!」    また捕まる前にライに背を向けて一歩踏み出した瞬間、甘い刺激が全身を駆け抜けた。ふにゃりと膝から崩れ落ちて、地面が抜け落ちたかと錯覚した。    ライが希望の尻尾を掴んだのだ。    希望がバランスを崩して倒れかけたところを、掴んだままの尻尾を引っ張って抱き寄せる。ライは獲物を腕の中に囚えて、嬉しそうに目を細めた。   「つーかまえた」    楽しげに、低く囁く声に、耳の鼓膜から全身が痺れていく。まだ正気を保っている頭に、『流されるな!!』と力強い警告音が鳴り響いた。   「やめっ…は、離せ!」    殴るように強く、ライの胸を叩いて押し返す。  しかし、ライが希望の尻尾の付け根をスリスリと撫でると、「ひぅっ、んぅっ!」と悲鳴を上げて、また希望は膝から崩れ落ちた。  倒れる前にライに支えられたが、尻尾への悪戯はやめてくれない。   「や、やめ、あぁんっ…ひっ、んっんんぅ……!」    隠れるところなどない屋外で、希望の悲鳴が響いてしまったのだろう。様子を伺うような視線をいくつか感じて、希望は思わず、ライの胸に顔を埋めた。押し返していたはずのライの胸に縋って、刺激に耐えるように身体を震わせている。   「だっだめっ…やめっ…んっ…! みっ見られちゃ…ぅんっ……」 「えー? ちゃんと付いてこれる?」 「いくっ! いくからっ…尻尾離して…っ」 「だめ」 「はぁ!? あっ…まっ…っんん…っ」    ライが歩き出すが、尻尾は掴まれたままだ。希望も従うしかなくて、震える足を動かしてヨロヨロと続く。   「あんっ、ンッ……!」    優しく付け根を擦られるだけでも堪らないのに、時折ぐりぐりといじめられると、腰が勝手にぴくぴく震えてしまう。声も抑えきれなくて、不思議そうに振り返る者もいた。  視線を浴びる度に、恥ずかしくて気を失いそうだった。   「は、離してってばぁ…っ」 「やだ」 「……っ」    ライの手を退けようと、後ろに腕を回したが、希望の手が届くより先にぎゅうっと尻尾を引っぱられた。   「ひっ……!」    強い刺激に、すっかり垂れ下がっていた尻尾と耳がビビッと起きて硬直する。  恐る恐るライを見上げると、じっと希望を見下ろす眼差しが突き刺さり、耳も尻尾もしゅぅんとまた項垂れてしまった。    好きな人にしか触らせてはいけない自慢の尻尾を弄ばれる屈辱と、その姿を周囲に晒す屈辱の両方に耐えながら、希望は大人しくついていくしかなかった。

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