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第28話 猟犬様の不在

「2週間、留守にする」    ライがそう告げた時、希望は動きも思考も止まった。  ライは構わず話を続けて、部屋は好きに出入りしていいし、使っても構わないが散らかすなよ、とか、留守の間の雑用について話していたが、希望はあまり聞いていなかった。    マジで!? ひゃっほうヤられなくて済むぞ! という喜びと安堵は確かにあるのに、何故か胸を、ひゅうっと冷たい風が過ぎていく。    ――ライさん、遠征行っちゃうんだぁ……。2週間、かぁ……。    しょぼんと、耳と尻尾が垂れ下がって数秒後、希望はハッとして顔を上げた。    しょぼんって何!?  いやいやいや寂しくないし! いつ襲われるかわからなくて怯えなくてもいいし! 安心して眠れるし!  いいことばっかりじゃん!!    うんうん、と自分を納得させる為にしきりに頷くが、視線を感じて振り向いた。  ライがいつものように笑って眺めている。   「なに?」 「寂しい?」 「は?」 「一人でできる?」 「……はぁ!?」    希望がわなわなと震え、言葉を失っていると、それが愉快でならないとでも言うような顔でライが笑う。   「浮気すんなよ」    そう言って、揶揄うように、暗い目を細めた。    ***    ――なぁ、に、が!!    だんっ、と希望は地面を踏みつける。    ――ひとりでできる? だぁ!? はあ!?    形の良い眉と、元々くっきり鋭い眼もさらにつり上げ、ずんずんずん、と希望は道を行く。 「ああ、希望くん」といつものようにと親しげに声をかけようとしたどこかの誰かも「あれぇ? 人違いかな!」と目を逸らして道を譲ってしまう迫力だ。    ライが留守にして数日、希望はライのことを思い出す度に怒りを再燃させていた。    ――だいたい、「浮気すんなよ」ってなんだよ!  そもそも付き合ってねぇし! 好きって言われてすらないんですけど!!   「……」    希望はピタリと立ち止まった。  膨れた真っ赤な頬はぷしゅう、と音を立てて萎んでいき、代わりに雨でも降り出しそうな、もくもくとした暗雲が希望の心を埋め尽くしていった。    ――そうだ。    好きって言われてないし、付き合ってもないのに、あんなことする方がおかしいんだ。俺は嫌だって何回も言ってるのに。恥ずかしいことばかりされて、屈辱でしかない。  よく眠れるし、友達とも安心して遊べる。身体だって痛くないし重くない。お尻も腰も痛くない。    今は、ライさんが変なこと言ったから調子が悪いだけ。  ほんとにむかつく。顔がいいからって調子に乗んないでほしい。    ぜんぶ、ライさんのせい。ライさんが悪い。    だから、なんとなく肌寒く、熱が恋しく、胸の奥が締め付けられるのも、きっと気の所為だ。    ***    ライが留守にして、10日目のことだった。    希望が力なく机に突っ伏している。  友達の希望の不調に気付いたのは、可愛らしい3匹の仔犬ちゃんたちだ。  彼らは気遣いのできる優秀な仔犬ちゃんである。顔を見合わせて、頷き合い、目を合わせて、互いの考えが間違いないことを確認し合った。   「希望くん、あとは僕達に任せて休んだら?」 「そうだよ、顔色も良くないし」 「ゆっくり休んで」 「みんな…ありがと…」    そうするね……と小さく続けて、希望は荷物を抱え立ち上がる。よろよろ、くらくら、と覚束ない足元に心配になるが、仔犬たちは優しく見守った。   『ライさんがいなくて、寂しいんだね希望くん!』    ライが留守にして数日、最初はやたらと元気だったのも、きっと空元気というものだろう。  キラキラとお星様を撒き散らすような笑顔も今はなく、僅かに眉を寄せ、頬はしっとりと赤く染まっている。少し呼吸も乱れているようだった。何より、元気がない。気怠げだったのも、きっと寂しくて、夜も眠れないに違いない。希望は強がっているが、とても寂しがり屋な仔犬なのだ。   『可哀想に、希望くん!』    心優しき3匹の仔犬たちは、大事な友達の為に、ライが一刻も早く彼のもとに帰ってくることを祈った。    ***   「んっ……はぁっ…!」    ひとりになった希望は、壁に身体を預けて息をついた。その吐息は熱を孕み、瞳は切なげに潤んでいる。    ――なに、これ……?    陵辱の日々から、一時的にとはいえ解放されて、10日経った。数日経った頃に始まった違和感は、徐々に希望を蝕んで、一週間を超えた頃にはもう無視できないほどに膨れ上がっていた。    ――身体が変……。熱い……。    希望はぎゅっと自分を抱き締める。腹の下で燻る熱が、全身を犯して、身体が火照っていた。その熱が何なのかわからないほど、希望は幼くないし、鈍くもない。  ……そう、頻度だけを考えれば、ここ最近ほぼ毎日出していたものを急に止めたから、溜まっているのかもしれないと。  そんなの仕方がない。どうすればいいかは分かる。俺のせいじゃないけど、自分でなんとかできる。  そう考えた希望は自分自身の熱と向き合って、発散しようとした。    今思えば、それが間違っていたのかもしれない。    自身慰めるだけでは、気持ちいいのに何故かなかなか達せなかった。  戸惑う希望だったが、胸の突起が甘く痺れているのに気づいて、少しくらいならと、恐る恐る触れた。最初は擽ったいくらい優しく、指の腹で擦り、それから摘んで転がしていく。つんと立ち上がった果実は貪欲で、気づけばより強い刺激を求めて、自分もそれに逆らえずに弄くり回した。数回達して力尽きた頃には、ぷっくりといやらしく色づいて、元に戻らなかったらどうしよう、なんて考えた。  けれど、希望は気づいてしまった。もう指一本動かせないほど自身を慰めて果てても満たされないことに。疼いているのは胸だけではなく、腹の奥と――。  自然と手を伸ばしている自分に気づいて、希望は愕然とした。  丸く肉付きの良い双丘に隠された蕾が刺激を待ち侘びて、ひくりと疼いていた。      ――結局この数日、身体が求めるままに何度も達して、疲れ果てて気を失うように眠る日々を過ごしていた。  恥ずかしくて誰にも相談できず今日に至り、ついには友達の前にも関わらず、身体を火照らせてしまった。  恥ずかしいことなのに、どうしようもなかった。今だって、早く寮の部屋に帰って、熱を吐き出したい。何度しても、満たされないことを知っているのに、抑えられなかった。  すでに、普通に歩くのも難しいほどに身体は淫らな熱に犯されている。動く度に衣服が肌を擦れるだけで身体が震えて動けない。    ――医務室、近くにあった気がする……。    希望がいる廊下は、今は誰も近くにいない。けれど、こんな情けない姿を見られるのは嫌だった。  このあたりの医務室にいるのは、眼鏡と長めの前髪で顔を隠しているが、綺麗なお兄さんの先生だ。少し気弱で声が小さいけれど、とても優しく丁寧に相談に乗ってくれるから、希望は好きだった。  恥ずかしいけれど、あの先生なら助けてくれるかもしれない。どうしたらいいか、教えてくれるかもしれない。    微かな希望を大事に抱いて、希望はふらふらと医務室に向かった。

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