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第30話 猟犬様の帰還②

「待って、ライさんっ…やだってばぁっ! 離せっ…離してぇっ!」    逃れようと足掻き、連れ去られまいと足に力を込めても、いとも容易く、ライに引きずられていく。  ライは希望を引きずりながら、器用に羽織っていた軍服の上着を脱いで、すぐそこの椅子にばさりと置いた。  部屋の奥にはカーテンで区切られたベッドがいくつか並び、どれも空っぽだ。  その一つに向かって、ライは希望を軽々と放り投げた。   「う、わぁっ!?」    顔から倒れ込んで、痛みに耐えながら起き上がろうとすると、ライの大きな手が頭を抑え、もう一度ベッドのシーツに顔を埋めることになってしまった。  背中にはずっしりとライの膝が乗り、肺を圧迫されて足掻くことすらままならない。  希望が見ることのできない背の上では、ライがネクタイを乱暴に緩めて外す。  希望が仰向けにひっくり返された時には、ライの手にはネクタイがあり、緩めた胸元に目を向ければ、逞しい胸板が垣間見える。  思わずじっと見つめてしまっていたが、ライが希望の両手を掴んだところでビクリと震えて現実に戻った。  希望の両手はライの片手で頭の上で纏められて、今まさにネクタイをぐるっと一周巻かれてしまったところだった。   「やっ、やめてっ! やだ! やだぁっ!」 「えー?」    ライが揶揄うように小首を傾げてニヤニヤ笑う。希望がどんなに力を振り絞っても両手は掴まれたままで、蹴り上げて押し退けようとしても空を切るか、ライを怯ませることさえのできなかった。  しかし、ライはしばらく希望の足掻く姿を眺めると、満足したようにネクタイも上着と同じ場所へ放った。  きょとん、と希望がライを見つめる。逃してくれるのかな? と微かな期待を胸に、潤んだ瞳でじっとライを見つめるとライも見つめ返してくれた。  目を細めて笑う。楽しそうに、暗い目が。    根拠のない期待は、容易く砕け散った。    ライは希望を見つめたまま、希望の両手と自分の両手で握りしめる。手の平が合わさって、指が交互に絡み合っている。熱くて、力強くて、ごつごつと固く重い拳と自分の手が交わっている。    ――ライと出会い、身体を暴かれて、初めて離れた。たった10日間だ。  腹の奥に燻り始めてから、誰かと触れ合うことも、戯れ合うことさえも避けていた。  違う。これじゃない、って。  求めているのは、あの暗くて深い眼差し、熱くて逞しい体、何もかも暴いてしまう指先だと、思い知らされるから、触れ合いが恋しくて切なくても、必死に耐えた。必死に自分を慰めた。  それでも満たされなかったのに――。   「あぁっ……はぁっ…んっ……」    思わず、うっとりと切なげな吐息が零れ落ちていた。恋しくて懐かしささえ込み上げて、希望はぎゅうっと握り返していた。   「……必要ないな?」    ライが視線でネクタイを示す。夢から冷めたように、ぎくりと身体が震えた。   「――あっ……」    腕を上げようにも力は入らず、シーツに縫い留められているみたいだった。  ライは戸惑う希望を眺めて楽しむと、両手はそのままにして、希望の額に口づけを落とした。希望は心臓が高鳴って、同時に身体を強張らせる。希望は尻尾を丸めて、耳も震えているが、ライの尻尾はゆらゆら揺れていた。  ライのキスがゆっくり下りて頬や首筋に、そして、シャツの上からでもわかるくらいツンと尖って主張する突起にも唇が触れた。   「アァッ!」    ほんの僅かに触れただけ、自分でも驚くくらい身体が跳ねた。腰がビクビクッと震えて止まらない。  ライが顔を上げて首を傾け、希望を見つめる。呆れたような笑みが、希望の羞恥心を煽ってみるみるうちに頬も耳も真っ赤に染まる。   「イッた?」 「っ…い、いってな……ぅんっ…んっ……!」 「溜まってんだ? ひとりでできなかった?」 「……っ! ちっちが……うぅ…っ」    たくさんした。いっぱいした。毎晩毎晩、ひとりで。ライの指を、逞しい身体を、熱を、思い出さなかったといえば嘘だ。それでも満たされなくてこんなことになってるんだ。何もかもライさんのせいだ。  そんな破廉恥なことは言えなくて口を噤むが、ライは誂うように笑っている。   「自分の慰め方も知らねぇのか。悪かったよ、放っておいて。ちゃんと教えてやるから」   「これの使い方、とか」と不思議なことを言われて尻尾を撫でられ、希望は首を傾げて視線を向ける。その途端、ぎょっと目を見開いた。  少し前まで怯えるように足の間で丸まっていた自慢の尻尾は、いつの間にか、ライの腿に巻き付いていた。甘えるように絡みついて、希望自身がそれに気付いても離れようとしない。    ――な、なんで? これじゃ、まるで俺が……    そこまで考えて、希望はふるふると震えながら、これ以上染まるところなどないくらい、真っ赤になる。頭が沸騰してぐらぐら揺れて、ぐるぐると目眩までする。   「……期待してるとこ悪いんだけど、あとにしよっか? こっち、苦しいだろ?」 「ち、ちが…ぅんっ…あっあぁっ…やぁっ…」    震える腰を撫でて、ゆっくりズボンを下ろされる。ライの腕を掴んで止めようとするが、縋り付く以外のことはできなかった。       「アッ! アァッ! やっやめっ! もぉっ…だっだめっ…アァッ! あんっ、んぅっ! やっそこは…っん! ぁあっ! あんっ! やっやだぁ、奥っ…いやっ…あっぁあっ! あぁっ! あんっ! ライッ…ライさぁ、あんっ! もっイ、イクッ…いっちゃっ…んぅっ?! んぅ! んっ…ンンッ! んっ…! ん~~ッッ!!    んっ…ンンッ…んぅっ…んっ、んっ……!  ……んぁっ…、はぁっ、ぁっ……はぁ…ぁんっ……んっ…、ん……はぁ…っ    ……アァッ!? あんっ! えっ!? まっ…待って…っまっ…っぁあっ! やっ! やぁっ、んっ! あぁっあっ! だめっ……やっ! やめっ…もぉ、イッて…! イッてる、からぁ! あっアァッ! あぁっ! えっ…いやっ…やだっ…いかなっ…行かないっ! やぁっ…ああ!? ぁあっ! あぁんっ! あぁっ! ~~ッ行くっ! へやっにっ…んっ! 行くから! だからもぅ…! もっゆるしっ…あぁっあん!」      扉の外側――平和で静かな廊下では。  息も絶え絶えといった様子でありながらも甘く縋るような嬌声と激しい行為を受け止めるベッドの軋む悲鳴が絶え間なく響く。どんな勘の鈍いお子様でも、何が行われているか、見なくてもすべて理解するであろう。    しかし、この基地の中にいるのは全国各地から集められた選ばれし猟犬とその見習いの賢いわんこである。    その音が聞こえるか否かのところで、ただならぬ雰囲気を察知し、皆尻尾を巻いて逃げていく。  不用意に近づく命知らずは、幸運なことに、皆無であった。

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