33 / 59
第33話 猟犬様の玩具
ライの手が離れて踵を返す。僅かに視線の重さは消えたが、希望はその後ろを大人しく歩き出した。首輪でもつけられた気分だった。
きっと首輪の紐はライが握っている。
ライがいると気付いて、あえて視線を逸らす者もいれば、希望を好奇の目でじろじろ無遠慮に眺める者もいる。
あれが噂の……という声も聞こえてきていた。
その先は聞き飽きた。
ライのお気に入り。
けれど希望は最近、もうひとつの呼び方を知った。
ライの玩具 。
――そうかもしれない。
ライからの扱いは、何もかも奪い去るように強引で乱暴だ。お気に入りなんて、もう信じられない。
お気に入りと言われて、悔しいけれど少しだけ誇らしかったのも最初だけだ。身体を暴かれて、好きなように、好きな時に弄ばれるようになってから、変わってしまった。
あんなに丁寧に触れてくれていたのに。
――なんで、こんなことになったんだろう。
とぼとぼついていくと、不意にライが振り向いた。希望がビクリと震えて、不安そうに見上げる。
ライは目が合うと、距離をぐっと縮めて、希望の肩を抱き寄せた。
「そんなに怖がんなよ」
笑っているライは愉快そうで、希望はじとりと睨む。その表情がお気に召したのか、ライはより深い笑みを見せた。
「可愛くおねだりできたら優しくしてやるから」
揶揄うような囁きに、希望がさらに強く睨んだ。
「怖がってなんかない!!」
怒鳴って、バッとライの腕を振り払う。バシン、と大きな音が響いて、希望は先にずんずん歩く。
落ち込んでいたはずの背中は、怒りを膨らませている。ライはやっぱり笑って、追いかけた。
「飯食った?」
「? ……た、食べた……」
「嘘つけ。逃げ回ってたから食えてないだろ?」
「知ってるのになんで聞くんだよ!」
ふんっ! と希望が鼻を鳴らしてみても、ライは気にせず追いかける。
「何食べたい?」
「いらない! 帰ってから食べる!」
「帰る?」
ライが追いついて隣に並んだ。
「帰す気ないんだけど」
希望はバッとライを見上げた。
目を見開き、ライを見つめる。ライは悪戯が成功した子供みたいに、ケラケラ笑っている。
笑うライの背後で、尻尾はパタパタ揺れていた。
ライと尻尾を見て、希望はまた視線を逸らす。
希望は、自分以外の前で、こんなに楽しそうにライの尻尾が揺れ動くのを見たことない。
いつもゆったりと落ち着いて重力に従って下に垂れているか、時折誘惑するようにゆらゆらとゆっくり揺れる。
――これは、俺の前、だけ。
それがちょっとだけ嬉しくて、淡い期待を抱く。少しだけ、夢を見る。
もしかして、でも、今日こそは。
――だけど、きっと今日も……めちゃくちゃにされるんだ。
何もかも奪われ、強い雄に塗り潰されたらあの日から。
淡い期待を打ち砕かれる度に、破片が希望の胸に傷を負わせ続けていた。
ともだちにシェアしよう!