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第33話 猟犬様の玩具

 ライの手が離れて踵を返す。僅かに視線の重さは消えたが、希望はその後ろを大人しく歩き出した。首輪でもつけられた気分だった。  きっと首輪の紐はライが握っている。    ライがいると気付いて、あえて視線を逸らす者もいれば、希望を好奇の目でじろじろ無遠慮に眺める者もいる。  あれが噂の……という声も聞こえてきていた。  その先は聞き飽きた。    ライのお気に入り。    けれど希望は最近、もうひとつの呼び方を知った。    ライの玩具(おもちゃ)。    ――そうかもしれない。    ライからの扱いは、何もかも奪い去るように強引で乱暴だ。お気に入りなんて、もう信じられない。    お気に入りと言われて、悔しいけれど少しだけ誇らしかったのも最初だけだ。身体を暴かれて、好きなように、好きな時に弄ばれるようになってから、変わってしまった。  あんなに丁寧に触れてくれていたのに。    ――なんで、こんなことになったんだろう。      とぼとぼついていくと、不意にライが振り向いた。希望がビクリと震えて、不安そうに見上げる。  ライは目が合うと、距離をぐっと縮めて、希望の肩を抱き寄せた。   「そんなに怖がんなよ」    笑っているライは愉快そうで、希望はじとりと睨む。その表情がお気に召したのか、ライはより深い笑みを見せた。   「可愛くおねだりできたら優しくしてやるから」    揶揄うような囁きに、希望がさらに強く睨んだ。   「怖がってなんかない!!」    怒鳴って、バッとライの腕を振り払う。バシン、と大きな音が響いて、希望は先にずんずん歩く。  落ち込んでいたはずの背中は、怒りを膨らませている。ライはやっぱり笑って、追いかけた。   「飯食った?」 「? ……た、食べた……」 「嘘つけ。逃げ回ってたから食えてないだろ?」 「知ってるのになんで聞くんだよ!」    ふんっ! と希望が鼻を鳴らしてみても、ライは気にせず追いかける。   「何食べたい?」 「いらない! 帰ってから食べる!」 「帰る?」    ライが追いついて隣に並んだ。   「帰す気ないんだけど」    希望はバッとライを見上げた。  目を見開き、ライを見つめる。ライは悪戯が成功した子供みたいに、ケラケラ笑っている。  笑うライの背後で、尻尾はパタパタ揺れていた。  ライと尻尾を見て、希望はまた視線を逸らす。    希望は、自分以外の前で、こんなに楽しそうにライの尻尾が揺れ動くのを見たことない。  いつもゆったりと落ち着いて重力に従って下に垂れているか、時折誘惑するようにゆらゆらとゆっくり揺れる。    ――これは、俺の前、だけ。    それがちょっとだけ嬉しくて、淡い期待を抱く。少しだけ、夢を見る。  もしかして、でも、今日こそは。    ――だけど、きっと今日も……めちゃくちゃにされるんだ。    何もかも奪われ、強い雄に塗り潰されたらあの日から。  淡い期待を打ち砕かれる度に、破片が希望の胸に傷を負わせ続けていた。

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