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第34話 仔犬ちゃんは夢を見る①

「んっ…ふっ…! ンンッ…んぅっ……!」    シーツの波の上、身体を揺さぶられる。手の甲を口元に押し当てて、声を必死に押し殺していた。  ぎゅうっと目を瞑っていたが、くくっ、と低く喉を鳴らして笑う声に気づいてゆっくり目を開く。涙で滲む視界で、ライが僅かに首を傾け、笑っていた。   「なんで怒ってんの?」 「…っ…べ、べつにっ…んっ……!」    希望が顔を背けるが、ライは、ふぅん、と笑みを浮かべたまま、希望を眺めている。   「じゃあ、なんで声我慢してんの?」 「ッ! ……し、してない!」 「あっそ? 声好きなんだけどなぁ」    ――す、好き……?   「可愛いのに、もったいない」と囁くライの低い声にくらくらと痺れながら、頭の中で「好き」の言葉が繰り返される。    好き? 好きって言った?  ――違う、またからかわれてるだけだ。    それでも一度高鳴った胸は落ち着かず、ざわめいている。  声を耐えるということから頭が離れて、気を抜いてしまっていた。ライがその隙を見逃すはずはなく、腰を強く引き寄せると、奥をぐりっと抉るように熱を穿つ。   「~~――っっ!」    突然の刺激をまともに受けてしまって、希望の身体が大きく仰け反り、びくびくっと震える。  それでも必死に声を押し殺す希望に、ライが、ふっ、と笑った。   「声我慢してるせいか? すげぇ締まってるの、わかる?」    ライは希望の腹の下あたりを撫でる。そこに収まっているものを確かめるように、じっくりと手のひらが這う。  ただでさえ感度の高くなっている身体では、熱い手のひらと指先になぞられただけでぞくぞくと甘く痺れて震える。ライの熱と形を、固ささえも想像してしまって、希望は首を振った。   「そ、そんなこと…っんっ、ンンッ……!」    再びライが動き出す。撫でられた場所が熱く、気をやらずにはいられなくなっていた。うそだ、そんなはずない、と考えれば考えるほど、そこの感覚に集中してしまう。  ライの熱をきゅうきゅう締め付ける。ぎっちりといっぱいに咥え込んで奥へ奥へと求めて動いている。   「わかってるだろ?」 「知らないっ、知らなッ…んっ! んぅっ…あっ! あっあぁっ!」 「ひとりで楽しむなよ」    うつ伏せに組み伏せられて、腕を掴まれる。頭を抑え、腰を突き出すような体勢を強いられ、より深く奥へ、激しく、犯される。   「あっ……! いやっ、あっ…い、痛いっはなし……やぁっァアッ!」 「ははっ……まぁたイッてる」    それは、希望が気を失って果てるまで続いた。        必死に抵抗しても捻じ伏せられ、髪を掴まれて押さえつけられ、扱いもひどく乱暴だ。本気の抵抗も、嘲笑われてしまうだけ。  怖い。悔しい。気持ちいい。全部ぐちゃぐちゃに混ざって溶けてしまう。    こうやってぐちゃぐちゃにされてくたくたで、食い尽くされた夜は、いつも夢を見る。疲れ果てて微睡み、夢と現の境で、同じ夢を繰り返す。    俺は、小さい仔犬みたいに、くぅーんくぅーんと鼻を鳴らして泣いている。真っ暗な部屋で、ひとりベッドの上で小さく丸まって、泣いている。    初めての夜からそうだった。    圧倒的な雄に捻じ伏せられ、蹂躙され、プライドは丹念に擂り潰されて粉々だ。それなのに、快楽にどろどろに蕩ける身体が全部受け入れてしまう。自分の身体なのに、好きなように変えられて、自分じゃなくなっていく。抗えなくなっていく。  怖くてしかたないのに『気持ちいい』に全部塗り潰されて、身を任せてしまう。そうやって、いつか自分を忘れてしまうかもしれない。『気持ちいい』ことしか考えられなくなって、他の大切なものを全部忘れていく。  それがどうしようもないくらい怖かった。    だけど。    俺が泣いてるとライさんが現れる。  ゆっくりと静かに、近づいてくる。  俺の抵抗全部捻じ伏せる逞しい身体に、何処に逃げても見つける大きな耳、悪魔みたいな真っ黒い尻尾。  ライさんだってことはわかるけど、真っ黒い影みたいで、顔はよく見えない。    俺は怖くなってもっと泣いてしまう。  身体は疲れ果てて動かないし、周りには誰もいない。だけど、助けて助けて、ってくぅーんくぅーんと情けないくらいか細い声で必死に泣いている。    だけど、ライさんは大きな身体で覆い被さっって、ぎゅっと抱きしめてくれた。  ゆっくりと丁寧に触れて、何度もキスして、擦り寄って、髪を梳いて、目尻に零れた涙を舐め取って、またキスしてくれる。  俺はこの人が怖くて泣いていたはずだ。けれど、大きくて逞しくて熱い身体に触れると、何故か安心してしまう。大きなものに包まれる暖かさに微睡んで、安寧の中へ沈んでいく。  夢の中なのに、さらに深い眠りに落ちていく。    眠りに落ちる直前、いつも考える。    これは、夢なの? 現実なの?  もし夢じゃないなら。    もしかして、ライさんは俺のこと好きなのかな? って。    ――……そうだといいなぁ。    そしたら、また前みたいに、丁寧に触れて、擽るように優しく撫でてくれる日が来るかも。  丹念に口説いて、甘く囁いて、身も心もとろとろにしてくれるかも。  知らない世界の話を聞かせてくれて、綺麗で不思議なものを見せてくれるかも。    そんな日を夢見て、眠りに落ちるんだ。      ――でも。    朝起きたら、ライさんはどこにもいない。部屋中見回して見ても、見つからない。  ベッドは冷えて、ぬくもりを感じない。情欲にまみれた身体の重さと怠さだけが残っている。  寂しい、悲しい朝だった。    やっぱりあれは、夢でしかないのだろうか。  ――ライさんには聞けない。聞きたく、ない。    ライはきっと、嘲笑うだろう。  そして、夢が砕けて傷つく自分に、「勝手に夢を見るな」とか、「優しくして欲しいなら、可愛く強請って見せろ」とか、酷い言葉を吐くに違いない。    そんなのはいつものことだから、平気だ。  馬鹿にするなって怒鳴って、なんとか噛み付いてやるんだ。    でも、否定されたら、ぜんぶ弾けて消えて、もうあの優しい夢さえ見れなくなってしまいそうで怖かった。          希望は、ライの残り香に包まれてもう一度眠った。    ――夢の中なら優しくしてもらえるかもしれない、から。

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