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第49話 仔犬ちゃんは解ってない
希美も含めたその場の全員が、基地のことを諦めかけたその時、二匹の攻撃範囲に踏み込む勇者が現れた。
「す、すいませんお取り込み中! 報告です!」
飛び込んできたのは息を切らした伝令兵だった。
伝令兵は膝をつくと、震える声でライに向かって叫んだ。
「しゅっ出動の要請がっ…ひっ……!」
ライの斜め後ろに控えた伝令兵は、ライの戦闘中の鋭い眼差しを受け、悲鳴を上げた。僅かな一瞥でしかなかったのに、凛々しい耳も尻尾もぐにゃんと曲がってしまう。
「……いいから、続けろ」
ライは再びユキに視線を戻す。ユキも流石に攻撃態勢を少し緩めた。伝令兵は慌てて口を開く。
「き、基地内に雷獣が出現しました! 大型で、廃棄予定の研究所に逃げ込んで……」
「研究所ごとぶち壊して潰せ」
「で、ですが!!」
「……?」
建物ごと、などという大胆というよりは大雑把な作戦だったとはいえ、ライの言葉が否定されるのは珍しい。ライも、そしてユキも、初めてまともに伝令兵へと目を向けた。
二匹の猟犬の鋭い眼差しを受けながら、伝令兵は必死に自分の役目を果たそうと震える唇を開いた。
「雷獣が逃げ込む直前、雷の音に驚いた仔犬が一匹、研究所に入っていくのを目撃した者がおりまして、外から呼びかけていますが、発見に至っておりません!」
――仔犬……?
伝令兵が「ですので、討伐隊と救出隊の出動要請が」と報告を続けている中で、希美はハッとして顔を上げた。廃棄予定の研究所というのは、ここから近い。
叩き伏せられながら見送った背中が、希美の脳裏を過ぎった。
――……希望は?
希望は、今どこ?
「……特徴は」
「え?!」
「仔犬の特徴は」
肩越しではなく、ライが振り向いて、伝令兵を睨む。暗く鋭い眼差しに、一瞬怯えた様子だった伝令兵は、慌てて続けた。
「く、黒髪に金尾の変わった毛色の仔犬と聞いておりますが……」
先程までの荒れ狂う殺意の応酬が嘘のように静まり返ってしまい、伝令兵はおどおどしながら周囲を見回している。
ユキも希美も目を見開き、言葉を失っていた。希美の隣で恭介が小さく、「マジかよ……」とだけ呟いた。
***
数十分前。
迫りくる暗雲から逃げるように、希望は走っていた。空は侵食されて薄暗く、遠かったはずの稲妻の轟く音は近づいてきていた。前方にも暗雲が見えてはいたが、希望は止まらず走った。
雨や雷よりも、殺意混じりの怒気を放つ男から離れることの方が大事だった。
――で、でも、なんで逃げてんの俺?!
走りながら、頭の片隅で考える。
何故ライはあんなに怒っているのだろうか、と。
希望には何一つ心当たりがなかった。
ライさんが好きなのはユキさんで、俺の代わりはいくらでもいて、もう俺には興味がないはずなのに。
『俺から、逃げ切れるとでも思ったか?』
低く、静かな声は這い寄る闇のように冷たく
ぞっとするほど暗くて深い瞳の奥で、何かが揺らめいていた。
ーー……なんで?どうして、こんなことに……!?
混乱状態で走っていたが、鼻にピシャンと冷たい雫が落ちて、ハッと我に返り、ようやく止まった。
同時に、雷鳴が近くで轟き、「びゃあっ!?」を悲鳴を上げて耳を抑える。
雨は急に強さを増して、雷は暴れ龍のごとく暗雲の中を飛び回っていた。
咄嗟に目に入った建物に向かって、希望はまた走り出した。
その建物――研究所は、古びているものの、雨と雷を避けるには十分であるように見えただろう。
本来なら立入禁止を意味する鎖は、地面に落ちたままで役目を果たせなかった。
「待て! 君! そっちはッ……」
そして、誰かの声もまた、雷鳴にかき消され、希望には届かなかった。
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