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第2話

 公園を抜けて三分ほど歩けば、一人暮らしをしている安アパートがある。  ペンション風の古い二階建てだが、管理や設備もしっかり整っており、なんの不満もなく快適に暮らせている。道路に面して、四部屋ある内の一番奥の部屋が美風の部屋だ。  夕食よりも先に風呂に入るかと敷地内に足を踏み入れたとき、美風の足はピタリと止まった。 「なに……」  息を呑む美風の手には、緊張でじっとりと汗を握るほどになる。  周囲には大きな建物はないが、敷地内の外灯が暗いため、玄関前の通路が少し見にくい。しかしそれははっきりと認識出来た。  美風は溜めていた肺の空気をゆっくりと吐き出す。ここで突っ立っていても、事態は好転しないだろうと美風は足を前に出した。  真っ黒なスーツを身に纏った男が、美風の部屋の玄関ドアを背に、項垂れるように座り込んでいる。これでは中に入れない。  真上から男を見下ろす形で美風は足を止めた。ここまで近づいているのに、男は顔を上げることはおろか、ピクリともしない。反応がないということは、意識がないのかもしれない。  美風は男の顔を覗き込むようにして腰を落とした。 「うわ……え? すげぇ……めっちゃ美形じゃん」  伏せられた睫毛は男にしては長く、鼻筋は綺麗に通っている。彫りが深いため、日本人に多いあっさりとした塩顔ではない。だからと言ってくどいわけでもない。顔のパーツは計算し尽くされた配置にある。目を閉じていてもこれだけ美しいのだ。きっと目を開くと誰もがこの美貌に魅入ってしまうのではないか。  美風はごくりと喉を鳴らして、恐る恐ると男の肩に手を伸ばした。 「……触れる」  四月の夜の外気はまだまだ冷たい。いつからここに居たのかは分からないが、少し冷たい程度で生身の身体である事が手に伝わる。  きっと弾かれて触れられないだろうと思っていた。その反動で相手が目を覚ますはずだと踏んでいたのに。美風は不思議に思いながらも男の肩を揺らした。  もしかしたら自分からだと触れる事が出来るのかもしれない。 (今度他のモノで試してみるか) 「なぁアンタ、いい加減起きてくれよ。部屋に入れないんだよ。そもそも何でこんな所にいるんだよ」  頬を軽く叩いても全く起きる様子はなく、美風は大きなため息を吐いた。 「ったく、何だってんだよ」  美風は腰を上げると、気合いを入れて男の両脇に手を差し入れた。 「くっ……おもっ」  とりあえず横へずらそうと試みたがかなり重い。

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