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第30話
美風はどうしたのかと少しの不安が混ざるなか、翔馬の答えを待った。
「アイツに何かされてねぇかってことだよ」
「だからそれはないって。イヤな事はないって言っただろ?」
「本当かよ。美風と一緒に暮らしてて何の気も起こさないなんて、そんな奴いるのか?」
美風は一瞬言葉をなくした。目の前の親友がまるで知らない人に見えてくる。それほどまでに今のセリフは衝撃的であった。
翔馬にだけはそのような言い方はされたくなかった。頭がガンガンと何かに打ちつけられるように痛み出す。
「待ってくれよ。何もないのかってそういう意味だったのか? まるでそうならない事がおかしいみたいな言い方はやめてくれ!」
翔馬の言う通りに潔白とは言い難い。生気をやるという目的でキスを許している。その行為に感じてしまっている自分もいる。だけどあれはあくまでもアリソンの助けとなるための行為だ。
先の行為を誘われる事は度々あれど、美風の気持ちはまだしっかりと定まっていない。だからアリソンは強引に美風に手を出すことはしてこない。美風に対しては誠実なのだ。
そんな事まで翔馬には知りようがないが、知りようがないからこそ軽々しく口にしないでほしかった。そういう目で翔馬に見られていた事が、美風はとてつもなく悲しかった。
「でもアイツの美風を見る目が、完全に女として見てる」
「……女? まさか翔馬もそんな目でオレのこと見てたのか? オレはな好意を寄せられる事が嫌なんじゃない。例えそれが男だったとしても。だけどオレは、オレを女としてみる奴が許せねぇんだよ! それは知ってるはずだよな!」
「美風!」
もう翔馬の顔を見ていられなくなって、席を立つ。美風と翔馬の大きな声に周囲の生徒は驚きどよめいてる。その波の中、美風は脇目も振らずトレイを戻すと、食堂を足早に抜けていった。
悔しくて悲しくて涙が溢れてくる。
もしかしたら翔馬も思わずと、つい口を衝いてしまったのかもしれない。でも言われた言葉はナイフのように、胸に深く突き刺さった。
いま翔馬といれば、お互いにもっと酷い言葉を吐いてしまう恐れがある。だからとにかく翔馬から離れたかった。
「美風! 待ってくれ」
翔馬に腕を掴まれ、美風は咄嗟に大きく腕を振って払い除けた。
「悪いけど今はお互いに冷静にはなれないだろ? だから今はほっといてくれよ!」
そう吐き捨てると、翔馬の顔は一切見ないで美風はその場から立ち去った。午後からの授業もあるが、到底授業に出られる気分ではない。カバンを手に持つと美風は直ぐに大学を後にした。
どんよりとした空と同様、美風の気持ちも厚い雲で覆われたかのように重い。
溢れそうになる涙をグッと堪えながら、電車に揺られて三駅目で美風は駅に降り立った。
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