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第31話
「え……?」
駅から二、三分歩いた時、公園から出てきた男が少し焦ったように足早で歩いてくるのが見えた。男は美風を認めると途端に安堵の表情を浮かべる。
「ミカ」
名を呼ばれ、美風は瞬間的に駆け出していた。考えるよりも先に足が出ていた。
「アリソン!」
アリソンの顔を見て、何故かは分からないが胸に安堵感が広がる。広い胸に飛び込み、美風はしがみつくようにアリソンの背中へと腕を回した。
アリソンがしっかりと美風を抱きとめ、背中を優しく撫でてくれる。美風はアリソンの香水のように甘い体臭を吸い込んだ。そして胸に頬を擦りつけて、その存在を確かめられると、先程までの暗く重い気持ちも柔らかく凪いでいった。
「アリソン……なんでここに? どこか行くのか?」
顔を上げた美風の頬を、アリソンの大きな手が包む。少し冷たい手のひらが心地いい。
「いや……ミカが悲しんでいる気配がしてな。直ぐに駆けつけたかったが、また大学まで行って目立ってはいけないだろうと躊躇っていた。でも結局我慢出来ずに出てきてしまったが……」
アリソンの男らしい眉が苦しそうに歪む。美風はアリソンの顔を見つめる。
(本当に……悪魔のする顔じゃないぞ……)
悪魔にだってもしかしたら心を痛める事があるのかもしれないが、それは人間からするととても非現実的だ。でも目の前の悪魔は、本当に美風を想ってくれている事が全身から伝わってくる。
「オレが悲しんでるって……そんな事まで伝わるのか? 生気は今日吸ってないし、生気からは感情は伝わらないって言ってたよな」
「あぁ、生気からは伝わらない。俺も何故かは分からないが、突然ミカの感情が流れ込んできた。こんなことは初めてだ」
「初めて……」
アリソンにとって初めての事。未知なる力の目覚めなのだろうかと美風は首を傾げたが、アリソンは一人得心した顔でいた。
「これはきっとミカへの気持ちが強いせいだろう」
「オレへの……気持ち?」
鷹揚に頷くアリソンの真剣な目に、この先は聞かない方がいいと思うのに、聞きたいと思っている自分も確かにいる。その気持ちにちゃんと答えられるわけではないのに、安心したいという狡い自分がいた。
「あぁ。ミカを大切に想う気持ちだ。今までこのような気持ちになどなった事がなかった。だがミカと出会ってからは、ミカのいない時間もミカのことを考えてしまう。あの人間と今日も一緒にいるのかと思うと、面白くないとムカつきが治まらなかった」
熱情のこもった眼差しに射抜かれ、美風の動悸は速くなっていく。
「これが愛というものだろう? もう分かったぞ」
ドヤ顔のアリソンの想い。今は突っぱねるよりも、その想いが美風の骨身に沁みていった。
「でも……オレは人間で……」
「ミカ、俺はミカが何者であろうと、この想いは変わらない。人間であろうと、悪魔や天使だったとしてもだ。天堂 美風というミカ自身を愛してるのだからな」
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