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第34話
翔馬とは彼が言う通りに中学からの長い付き合いがある。時として思わずと傷つけてしまうこともあるだろう。でも本人が心から反省しているなら、許容できる事なら許したい。
同じ事がまたあればその時は分からないが、今回のことは綺麗さっぱりと水に流すことにした。
アリソンが居たからこそ、こんなに早く許せたのだ。今はここに居ないアリソンに、心の中でありがとうと何度目かのお礼を言った。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
喫茶店【tiedeur】の店内に透き通った美声が通る。客にスタッフ、その声の持ち主に見惚れ、そしてテーブルにつく客の美貌に圧倒される。
今や名物の美形コンビとなっている。
「いつものを」
アリソンがこれまた腰にくるような低音で、美風にオーダーする。
「かしこまりました」
折り目正しくアリソンに頭を下げ、マスターの元へ向かおうとした時、再びアリソンから声がかかった。
「どうかされました?」
一応仕事中なので、アリソンにも丁寧な言葉で対応している。アリソンはそれが不満らしいが、他の客の目もあるので我慢してもらうしかない。
「……いや、何でもない」
アリソンがカウンター内にチラリと視線を遣ってからそう言う。その視線の先には翔馬がいる。何か言いたかったが、今は仕事中もあって遠慮したというところか。
翔馬とは大学にいる時は、普通に喋るほどにわだかまりは無くなっていた。しかしバイトではアリソンが現れると、やはりまだ直ぐには受け入れられないようで不機嫌な顔となる。
これは他人が言っても難しいのかもしれない。どうしても合わない人間はいるのだから。よっぽどの事がない限りは、口出しはしないでおこうと美風は成り行きを見守ることにした。
「お疲れ様です!」
「はい、お疲れ様。今日もありがとうね」
六十代後半の男性マスターは柔和な笑みを浮かべ、美風と翔馬を労ってくれた。
コーヒーの芳 しい香りが広がる店内に別れを告げ、美風は翔馬と共に裏口から表へと出た。
最近アリソンは表で美風を待つようになった。外は過ごしやすい気温でもあるからだ。入り口横に設置されている猫脚の可愛いアンティーク調のベンチに、長い脚を組んで座るアリソンが美風に気づくと腰を上げた。
「お疲れ様、ミカ」
「ありがと。お待たせ、帰ろ」
美風がそう言うと、アリソンが「少し待ってくれ」と美風に言ってから、なぜか翔馬へと視線を移していった。
「昨日、ミカを傷つけたのは貴様だろう」
「ちょ、ちょ、ちょいまち、アリソン! 何言ってんだよ」
突然過ぎて美風は素っ頓狂な声を上げつつ、慌てて二人の間に体を滑り込ませた。
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