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第35話

 アリソンは美風に視線を一度向けるも、直ぐに冷たい双眸が翔馬を射抜く。 「何でもこいつには話してるってか」  不機嫌極まりない声で翔馬は美風に言う。せっかく仲直りしたというのに、また険悪になるのかと美風の気は重くなった。 「そういう言い方がミカを悲しませる事になると何故分からない。昨日、ミカは悲しいことがあって泣いていたのだ。その辛い思いを払拭してやりたい。そう俺が思ったから訊ねたまでだ。全ては語ってはくれなかったがな」  アリソンの叱責に翔馬は少しバツの悪さを感じたのか、美風から視線を外した。  本当のところ、アリソンの前では泣いていない。でも昨夜生気を与えた時に、やはり美風が泣いていた場面が流れ込んでいたようだ。それでも昨夜アリソンは事実を知っても尚、黙っていてくれたという事だ。アリソンの心遣いが沁みた。 「そ、そもそもアンタが現れた事が原因なんだよ。当然って顔で美風と一緒に住んだりして、普通直ぐに出ていくだろ……」  アリソンに臆しながらも翔馬は不満をぶつけるように言う。 「翔馬っ」  それは言いすぎだと美風が声を上げると、アリソンが美風の腕を引いて下がらせた。アリソンの表情は無でありつつも、静かに怒りのオーラが揺らめく。 「俺が原因だとしても、ミカを傷つけていい理由にはならない。いいか、今後再びミカを傷つけるような事があれば許さないぞ。覚えておけ」  押し殺した声。美風と関わっていなければ、恐らくアリソンは躊躇いなく何らかの行動を起こしていただろう。想像もしたくない何かを。それを堪えている。  美風はアリソンに感謝し、翔馬にはこれ以上アリソンを刺激しないでくれと願う。  美風はそっと翔馬を窺った。すると翔馬は酷く怯えたように口を噤んでいる。どうしたのかと心配になって口を開きかけた時、右肩にアリソンの手が乗った。 「帰ろう、ミカ」 「あ、あぁ、うん」  アリソンに肩を抱かれ、無理やり歩かされる。肩越しに振り返ると翔馬はまだ呆然と突っ立っていた。声をかけるべきか迷ったが、かけるのは止めて前を向いた。きっと今は声をかけても、反応が無いだろうと思ったからだ。 「なぁ、翔馬に何かしたのか?」 「いや? 何かをしたつもりはないが、俺の気に当てられたのだろう。人間はあの程度でも恐怖で動けなくなる。普通はな」  そう言ってチラリと美風に含み笑いを見せる。 「言っとくけど、オレも初めて会った時はビビってたし。知ってるだろ」  オレだって普通だ。という意味で言ったが、よくよく考えると何だかビビり認定のようで恥ずかしい。 「まぁそうだが、それならば普通は関わりを避けるがな。だからミカは面白い」  アリソンの愉快そうな笑みに、美風は苦笑いをする。人の気も知らないでと。でもアリソンを見捨てないで良かったと、あの時の自分を誉めた。

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