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第55話
「──カ!」
誰かが自分を呼んでいる。必死に呼びかける声に美風の胸に愛おしさが溢れてくる。
──アリソンだ。
早く目覚めて彼の頬に触れたい。胸に抱かれたい。それなのに、全身が痛くて思うように身体が動かない。特に背中が違和感と痛みが強い。
「う……」
目だけでもと、美風は瞼をどうにか持ち上げた。眩しい陽光が目に入り、美風の眉間には深いシワが寄っていく。
「ミカっ!! 目が覚めたか!」
ようやく焦点が合い、安堵のあまりに今にも泣きそうなアリソンと目が合う。そして視線をずらせば、ラルフもホッと胸を撫で下ろしている様子が見えた。
「朝……?」
「あぁ、朝だ。病院へ連れて行きたかったが……。とにかく大学はもう諦めるんだ」
アリソンの厳しい声と、不可解なセリフに美風はどうしたのかと、身体を起こそうとした。その時、背中の強い違和感に、美風は自身の背後に顔を向けた。
「え……なに……?」
背中に白くてふわりとした大きな物が目に入り、美風は咄嗟に上半身を起こした。
「ミカっ、無茶をするな」
アリソンが慌てて美風の身体を支え、胸に抱きしめてきた。温かい胸に美風は安心するも、今しがた目にした物が何なのか、もう一度確認したくて後ろを向いた。
「は? ……なにこれ」
真っ白な羽のような物が見える。背中へ意識を向けるとバサリと音を立て、狭い部屋に〝それ〟は広がり壁に当たった。
「羽……? あっ……く」
「ミカ!」
「ミカ様!」
再び昨夜と同じ頭痛が起きる。そこで美風の脳内で異変が起きた。何かの映像がまるで回想シーンのように、一気に美風の頭の中へと流れ込んできた。
──あ……これは。
理解したと同時に、頭痛がスっと消えていく。
「おい、ミカ! くそ、一体何が」
「アリソン……大丈夫」
間近にあるアリソンの顔を見上げると、その漆黒の瞳に自分の姿がしっかりと映っている。
「ミカ……」
「心配かけてごめん。何もかも思い出した。というか元に戻ったと言った方が正しいのか。あれ? どっちも同じか?」
美風はアリソンへと笑った。アリソンは困った顔は一切見せず、変わらず愛おしい相手を見つめる男の顔をしている。それだけで美風の心は安らぎで温まった。
「二人とも驚かないんだな。というか気づいてたってことか。でもいつから?」
「初めて出会った時はミカは人間だと思っていた。だが人間にしては、妙にいい香りがする事に引っかかってはいたが。決定的だったのが、二度目のミカから生気を取ったときだ。そのときに確実に人間ではないと気づいた」
「そんな前から……」
美風は驚かずにはいられなかった。二ヶ月近く一緒にいて、アリソンは微塵も態度に出さなかった。
普通は嫌悪を見せるか、敵愾心を抱くかなのに。〝悪魔〟と〝天使〟は絶対に相容れない間柄だからだ。
「でも生気だけで分かるもの?」
「微力だったが、ミカから負のものを弾く力を感じた。そして人間とはやはり香りが違うし、回数を重ねる事にそれは顕著に現れた」
「そっか……」
だから低級の魔物たちは、美風に触れることが出来なかったのかと、美風は強ばっていた身体から力が抜けていった。
「アリソン……オレ……神に仕える者だ」
「あぁ、分かってる」
「天使だぞ?」
「あぁ」
アリソンは美風から一切目を逸らさない。それどころか熱いくらいの眼差しだった。
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