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第56話
「言っただろ? ミカが何者であろうとも、悪魔や天使だったとしても、俺の気持ちは変わらないと」
美風は震える唇を噛みしめた。しかし溢れる涙は止まらない。嬉しくて嬉しくてこんなにも幸せだと感じたのは初めてだった。
「アリソン……アリソン」
美風は力一杯にアリソンに抱きついた。アリソンの腕が優しく美風を包み込む。
根付いたばかりだった想いが、今や満開の花の如き力一杯に咲き誇っている。魔王であろうとも美風の想いも変わらない。例え神に背いてもだ。
「アリソン……オレ、アリソンが好きだ」
アリソンが瞠目する。シャープな切れ長の目が、これでもかと驚きを表していた。
「ミカ……もう一度言ってくれ」
アリソンが美風の両腕を掴む。それは熱願の勢いだった。
「愛してるよ、アリソン」
伝われと美風はアリソンの目を見つめた。するとアリソンの目が、次第に黒曜石のように美しく煌めきだした。伝わったようだ。
「ミカ、愛してる。生涯ミカを愛してる」
二人の唇が自然と触れ合う。そして徐々にお互いのボルテージが上がっていく。
「ふ……ぁ……すき」
息継ぎの合間に自然とこぼれる愛の言葉。好きと言葉にする度に気持ちも募っていく。
暫く二人で夢中になっていた時、玄関扉のノブを引く音がした。
「っ!」
美風は驚き、直ぐにアリソンから離れた。今の美風は人間には見えていないのだが、まだ人間の感覚が抜けきっていない。
そしてふとラルフが居ないことに気がついた。
「あれ、ラルフさんは?」
「ラルフは気を利かせて少し前からいない」
気を利かせてと聞いて、美風は途端に恥ずかしくなった。アリソンに夢中になりすぎて、ラルフの存在を忘れてしまうなど、申し訳ない事をしたと反省もした。なら、ラルフが帰って来たのだろうかと、出迎えようと美風は腰を上げた。
「あ……」
扉を大きく開いた主は美風と目が合うと、柔和な笑みを浮かべた。
「爺ちゃん……」
「美風、久しぶりじゃな」
藍染の作務衣を着た、真っ白な髪の上品な祖父。顔立ちはまるっきりの外国人顔だが、日本をこよなく愛してるという。幼少時から愛情いっぱいに、祖父一人で育ててくれた。
そう記憶がある。しかし──。
「爺ちゃん……いえ、天主様」
美風は祖父に扮した神に、すぐさま跪いた。
美風の横でアリソンが忌々しげに舌打ちをする。同時にラルフが帰ってきたようで気配を感じた。
「顔を上げよ。我が愛しの子。ミカエルよ」
その声は先程までの年老いた声ではない。女性のようであり、男性でもあるような不思議な声。人間の美風へと語りかけてきたあの涼やかな声だ。
「はい」
美風はゆっくりと顔を上げた。
そこには確かに神の姿があった。筆舌に尽くし難いほどの美しい顔と、眩い金の髪が腰まである。肌は日焼けなど知らない透明感のある白皙。そして全てを見通す目は美しい金色だ。
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