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第57話

 いざ神を目前にすると、否応なしに自身が神のために生み出された存在なのだと痛感する。逆らってはならないと細胞一つ一つに組み込まれている。  しかしあの男は神に逆らった。美風はかつて天使の中で最高位にいた熾天使(セラフィム)を思い起こした。  その名はルシファー。十二枚もの羽を持ち、光り輝く特別な存在。誰もが崇め、憧れを抱いていた。だがルシファーは、いつしか勘違いをし始めた。神よりも偉いのは自分だと。そしてついには神に謀反を起こしてしまう。  アリソンが語ったように、最初の要因は神の寵愛がアダムへと移ったことにある。そのため神にアダムとイブに仕えるよう命令を下された時は、ルシファーはそれを完全に拒否したのだ。  挙げ句、神になるのは自分だからと傲慢な考えで、自身を崇拝する天使らを率い、神に軍を向けるという暴挙に出た。  当時美風は大天使ミカエルとして神の軍を率い、ルシファーを倒すが為に、死闘を繰り広げた。  この時ミカエルは、唯一神(ゆいいつしん)に逆らうなど神に仕える天使にとってあるまじき行為だと、憤怒の炎を纏っていた。  哀しみも強かった。ルシファーは神に愛され、慈愛と教養で多くの天使を導いていた。美しさにおいても右に出る者などいなかった。それなのに何故、神を超えたいという考えに至ったのか、不思議でならなかった。  悲しくてミカエルは泣いた。そして憎んだ。ルシファーはミカエルにとっても特別な存在でもあったからだ……。 「ミカエルよ、人間としての暮らしはどうであった?」 「っ……」  神には美風の考えている事は筒抜けだ。美風の思考を妨げたのは、神が考えるなと伝えている。  美風はすぐさま思考を切り替えた。 「はい、私のために天主様が一時でも人間として生きることをお認めになった事は、恐悦至極に存じます」  人間になることは美風自らが望んだことではなかった。ただルシファーを倒してからというもの、ミカエルの心は僅かだが、鬱々したものが常にあった。気が抜けている日も度々見受けられ、神や仲間にとても心配をかけた。  ある日、見兼ねた神が提案してきたのだ。期限付きになるが人間へと化し、何も考えずに楽しく生きてみろと。ミカエルはあまりの嬉しさと、確かに感じた神の愛に涙し深謝した。  そして美風が天使へと戻るキーワードは『ルシファー』だったのだ。美風自身がその名を口にすることによって天使へと戻るようにと。 「それは良かった。お主らにはこれからある勤めを果たしてもらいたいからの」 「その前に、我に色々説明しないとならないものがあるだろ? え? 〝神様〟よ」  アリソンが美風の前に立ち、神に凄む。まるでヤクザのようだが、後ろからでもアリソンが非常に気を立てているのが分かった。 「そうであったな」  対照的に神は慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。美風は一人この空気に身を震わせていた。  

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