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第58話

 固唾を飲んでいると、ふと美風の脳内に神の声が流れ込んできた。  そして魔王アリソンが人間界へと送られた経緯を知り、美風は愕然とした。アリソンにも神の声が聞こえているようで、驚いた様子で美風へと振り返ってきた。 「……ミカと恋仲になるために……だと?」  お互いの視線が暫く絡んだ後、美風は神へと視線を移していった。神が嘘をつくなど有り得ないと分かっていても、つい確認したくなったのだ。神は美風の目を見つめながら、ゆっくりと首肯してみせた。 「ルシファーを完全に倒すためには、伝説の魔王といまや私に一番近いミカエル、お主ら二人の〝愛〟が必要なのだ」  今から数千年程前。ルシファーがサタンとして魔界に君臨していた時代。全世界を破滅せんとルシファーはその猛威を振るっていた。  そこに偉大な魔力を持った魔族の子が誕生した。血で染めたような真っ赤な満月の日だ。数千年に一度だけ見られる紅月は、膨大なパワーを秘めている。満ちれば満ちるほどパワーは更に増大するという、伝説の月だ。  やがて彼は力を増幅させながら大きく成長していった。大切な仲間も失われていく劣悪な世界。ルシファーの悪行に、彼はついには目を逸らす事が出来なくなった。  彼はルシファーサタンを倒すべく、自身の魔力をふんだんに込めた剣を作った。魔剣の誕生だ──のちに魔剣は歴代の魔王へと継承されていく──。  そして彼は一人でルシファーに立ち向かい、激闘の末、勝利した。とはいえ、元は神に一番近いとされた熾天使(セラフィム)だ。その力は強大で完全に倒すことは不可能だった。だが、封印という名の眠らせる事に成功し、魔界は荒れ狂った世界から平穏へと姿を変えた。  新しく生まれ変わった魔界に真の魔王が誕生した。彼こそがアリソンの先祖でもある、初代魔王だという。 「魔王アリソン、お主も赤く染まる満月の日に生を受けた。初代魔王、アンドレと同じく強大な魔力を持ってな」 「知っておるわ」  そのせいでアリソンは母親を亡くしたという。あまりの強大なパワーに、母のエネルギーが全て奪われてしまったようだ。  美風はたまらずアリソンの腕に触れた。 「大丈夫だ、ミカ」  アリソンは神に向けていた険しい顔から一変、優しい表情(かお)で美風を抱きしめてきた。  美風には母となる存在がいない。神を母と呼ぶにはおこがましい。神は絶対的な存在で、唯一神だからだ。でも人間へと転生しても親はいなかったが、まやかしの記憶でも親がいて、祖父が愛してくれた〝家族〟というものを知った。だから唯一の肉親である母親を亡くしたという事実は、とても辛いことだと美風にも分かった。 「オレがアリソンの家族になる。母親の代わりと言うのはおこがましいけどさ、伴侶としてならずっと傍にいられるだろ? 愛してるよ、アリソン」  この出逢いは偶然などではなく、神によって作られたものだったが、美風がアリソンを愛しているという感情は確かに自身のものだと、どうしてもアリソンに伝えたかった。

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