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第60話

(やってやる。今度こそ抹消する)  闘志を胸に、美風がアリソンと目を合わせると、アリソンにも意思が伝わったようでお互いに頷きあった。 「天主様、僭越ながら魔界へ行く前に一つお願いがございます」  本来であれば、神に直接願い出ることは不敬にあたる。だけど、どうしても自分の中でけじめをつけたい事があった。美風は緊張のなか、両手をついて、頭を床につけひれ伏した。 「何だ? 言ってみよ。ミカエルの願いなら喜んで聞こう」 「ありがとうございます」  安堵が美風の胸に広がった。 「お願いというのは、今日一日だけ、人間にして頂きたいということです。大学の事や、バイト、友人に対してけじめをつけたいのです」  美風の願いに、神は暫く沈黙する。やはり、無謀な願いであったかと、美風に冷や汗が流れた。 「そうか。しかし……ミカエルが天使に戻った時点で、関わった人間らの記憶は既にないのだが」  美風は思わず神の許可なく顔を上げてしまった。だが直ぐに頭を下げる。 (そうなんだ……じゃあ、翔馬とはもう……) 「だがミカエルにとってのけじめの儀式となるなら、その願い叶えてやろう。では、また明日に会おうぞ」 「ありがとうございます!」  床につけた額を、更に擦りつける勢いで頭を下げた。神の気配がなくなったことを感じた美風は、ゆっくりと顔を上げる。  美風の目の前でアリソンが騎士(ナイト)のように膝をついて、美風をそっとその腕の中に収めた。 「アリソン、オレ今から大学とバイト先行ってくる」 「あぁ、気をつけていけ」  美風は咄嗟にアリソンの顔を見上げた。美麗なブルーの瞳に人間の美風が映っている。ブレないその目に美風はフッと微笑んだ。 「ついて行くって言うと思った」 「本音を言えばついて行きたいだ。だが、最後くらいはな」 「ありがとう」  アリソンとラルフに見送られ、美風は早速大学へ向かった。  大学にはきちんと退学届けを出したかったが、その時間はない。出しても直ぐに天堂 美風という存在は消えてしまうのだ。寂しいがそれは諦めた。 「翔馬!」  ちょうど講義が終わり、講義室からぞろぞろと生徒が出てくる。背の高い翔馬は直ぐに分かった。 「……美風?」  翔馬は驚いた顔を見せたが、直ぐに目線を逸らしてしまう。翔馬の態度が少しよそよそしい。もしかして記憶が混濁しているのだろうかと思ったがそうではなくて、三日前少し気まずい空気で別れていた事を美風は思い出した。 「あのさ、ちょっと時間いいかな?」  ここは空気を読まず、最後だからと美風はにっこりと笑みを向ける。 「あ、あぁ」  ぎこちないながらも翔馬も笑みを見せてくれた。  二人で中庭に向かう。ベンチに座るかと美風が訊ねると翔馬は首を横に振った。長居はする気は無いという少しの拒絶を感じて寂しくなったが、美風は顔には出さないよう翔馬と向き合った。

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