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第61話

「今日はもう大学には来ないのかと思った。遅刻するなんて今までなかったしさ」 「うん……ちょっとバタついてて……」  いつもの翔馬なら、遅れたら直ぐに連絡をくれただろう。でも今日は朝から一度も着信はなかった。  もしかしたら神が記憶の操作を行ってくれた事で、バグが起きたのかもしれないが。何か翔馬から壁を感じて仕方がない。 「で、話って?」  翔馬から促され、美風は頷きゆっくりと桃色の唇を開いた。 「急なんだけど……オレ、爺ちゃんと海外に行くことになって、大学は退学するんだ。翔馬とは中学からずっと一緒だったから、こんな突然の話になって悪いと思ってる。もっと時間に余裕があったら良かったんだけど、そうもいかなくて……ホントごめん。翔馬とずっと一緒でマジで楽しかった。いっぱい助けてももらった。ありがとうじゃ追いつかねぇや」  込み上げるものがあり、美風はグッと涙をこらえた。 「……そっか」  小さく呟いたのち、翔馬は突如と肩を震わせて笑う。 「翔馬?」 「悪い……。いや、ちょうど良かったのかなと思うと笑えてきた」 「ちょうど良かった?」  美風は怪訝に問う。 「おれさ、実は出会った時からずっと美風のことが好きだったんだ。友達としてじゃなくて、ラブの方。この気持ちは一生伝える気はなかった。でもあの男が現れてから、おれの中で余裕が保てなくなったんだ」 「翔馬……」  掛ける言葉が見つからず、美風は黙るしかなかった。全く気づかずに数年も一緒にいたが、今さら美風には何も言えなかった。言ったところで好転はしない。それに美風のことは明日にはもう、翔馬の記憶から消えてしまうのだから。 「そんな暗くなるなよ。もう美風がいなくなるんなら、正直ホッとしてるし。ヤキモチ妬いたりして、醜い面を見せなくて良くなるし。気持ちも早く吹っ切れると思うしさ。だからおれのことは綺麗さっぱり忘れてくれ。じゃ、元気でな」 「翔馬」  自身の気持ちを伝えると、アリソンの事にも触れずに翔馬は潔い程に美風の元から去っていく。後ろは決して振り返らず。  翔馬と出会ってから九年目に入ったばかりだった。最後はとても、本当に呆気ないものとなった。  美風には人間へ化してからの八年分の思い出がたくさんある。でも結局は自分の我儘と自己中心的な考えで、今日という日を作ってしまったのかと思うとやりきれなかった。  翔馬を傷つけた事に胸が痛み後悔もあるが、明日になったら美風のことはすっかりと無かったものになる。だから翔馬にはこれからは誰よりも幸せになって欲しい。 「翔馬、本当にありがとうな。さようなら……」  そう、この思いは美風だけが覚えておけばいいのだから──。 「おかえり」  玄関扉を開けると直ぐにアリソンが出迎えてくれて、唇に軽いキスを落としてくれる。相手は魔王だと言うのに、一瞬で美風の心は癒されていく。 「全部回れたのだな?」 「うん、最後にバイト先にお別れを言ってきた」 「そうか」  一瞬何か言いたそうな顔をしたアリソンだったが、直ぐに美風へと優しい笑みを見せた。

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