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第62話

 それはとても有難い気遣いだった。グズグズとアリソンに甘えて泣きつくのは簡単だが、それをしてしまうと翔馬に対してフェアじゃない。美風は寂しさでつまる胸を、今はどうにか心の奥の扉へと押し込めた。 「あれ? ラルフさんは?」  部屋にも洗面所にもいない。また気を遣わせてしまったかと申し訳ない気持ちになったが。 「ラルフは一足先に魔界へと帰らせた。色々準備があるからな。ラルフがミカに挨拶出来なくて悔やんでいたが、これからはずっと一緒にいられるからと宥めておいた」 「宥め……」  王が臣下を宥めるなど普通は考えられないと、美風は想像して内心で笑ってしまった。 「ミカ」 「なに?」  冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出して、アリソンへと振り向いた。そこには至極まじめな顔をしたアリソンがいた。  美風はコーラを冷蔵庫の上に置くと居住まいを正した。 「本当にいいんだな」  憂いたアリソンには悪いが、美風は気を張っていた体から力を抜いた。そしてアリソンの腕を軽く(はた)く。 「そこは〝俺にしっかりついてこい〟ってくらいの気概をみせてくれないと」  アリソンは一緒目を丸くするが、直ぐにその顔は笑みへと変わる。 「ミカの方が頼もしいな」 「ま、オレの方がだーいぶ年上だし?」  美風は胸を張って、背の高いアリソンを見上げる。アリソンは愉しそうに笑うと、美風の腰に両腕を回した。 「可愛い年上がいたものだ。何歳になった?」  アリソンの額が美風の額に重なる。もうキスが出来そうなくらいに近い。 「分からない。もう千年超えたあたりから数えるのやめたし」 「それもそうだな」  アリソンの唇がついに、美風の唇へと軽く触れてきた。それだけで胸がキュンと高鳴る。  長く生き過ぎたという思いは常にあった。天界に住む者はみな、不老不死のため死にたくても死ねない。死ねる唯一の方法は堕天使になることしかないのだ。  本当に、気の遠くなる程に長く生き過ぎた。だが今、初めて自身の幸福を知った。もちろん神に愛され、神のために尽くす事は、美風にとって幸福だった。しかし、アリソンとの出逢いはそれを上回る程に衝撃的であり、美風の心を激しく揺さぶった。  目の前の男を幸せにしたい。そして二人で人生を全うしたい。その想いで満ち溢れている。 「アリソン、抱いてくれ。人間として最後に」 「あぁ、もちろんそのつもりだ」  言い終わると同時に深く唇が重なり合う。もう生気も取られない、完璧な魔王とこれから抱き合う。美風は少し懐かしさを感じながらも、やはり心配事がなく、愛し合えるのはとても幸せなことなのだと、強く感じ入った。 「ん……ぁ……アリソン」  キスを交わしながらアリソンは美風を運び、敷きっぱなしの布団の上に美風を下ろした。

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