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第66話

「ミカエル、おいで」  神が両手を広げる。ミカエルは一瞬躊躇するも、これが最後になるのだと思うと遠慮などしていられなかった。ミカエルは神の胸にすぐさま飛び込んだ。 「天主様……天主様に仕える事を許された私は、至福の至りでございました。感謝の言葉はどれだけお伝えしても伝えられるものでは御座いません。そして……お傍を離れる事を、どうか……どうかお許しくださいませ」  神の胸はこんなにも温かかったのかと、ミカエルは感動した。神の腕が温かくミカエルを包み込んでくれる。お互いに隙間がない程に密着している。ルシファーでさえも神に抱きしめられた事はないだろう。最後にこのような僥倖(ぎょうこう)に預かることができ、ミカエルは嬉しさでその身を震わせた。 「ミカエル、そなたは私が最も愛する子。それは永久に変わらぬ。どうか息災でいておくれ」 「天主様……私も愛しております。ずっと──」  その時突然ミカエルの身体が後ろへと引っ張られる。 「え?」  羽が少し邪魔になりながらも、アリソンは神からミカエルを引き離し、尚且つ力強く抱きしめてきた。 「もう十分にミカを独占出来ただろう」  ずっと黙って聞いていたアリソンも、ついには我慢出来なくなったようだ。例え神であっても、ミカエルの関心が自分から逸らされる事が、アリソンは面白くないのだろう。 「ずいぶんと余裕が無いのだな、魔王アリソン。そのような事で本当に大丈夫なのか? ミカエルを少しでも不幸にすれば分かっておろうな?」 「誰が不幸にするか。天界で暮らしていた長い時間(とき)は我が忘れさせてやる。我の深い愛情で大切に大切に──」 「ア、アリソン! もういいよ! 恥ずかしいし、天主様に失礼だ」  アリソンの口を手で塞いだミカエルは、慌てて神に謝罪をした。  最後の別れだというのに、空気はぶち壊しだ。でもこの方が良かったのかもしれない。しんみりし過ぎたら、神との別れが辛くなるだけだから。 「ではミカエル」 「はい」  神の前でミカエルは再び跪き、両手を前に差し出した。そこにずっしりとした物が乗せられる。神剣だ。  ルシファーと闘った時の豪華な神剣ではなく、無駄な装飾がなくシンプルなものだった。しかし神々しい耀きを放ち、とてつもないパワーを感じる。素晴らしい神剣だった。  そして神はミカエルにシールドを張ると、最後にミカエルの頬に軽く口付けをした。確かに感じた神の愛に、ミカエルの頬には一筋の涙がつたっていく。  そして天上界へと麗しの神は帰っていった。 「最後の最後に……腹が立つが……」  アリソンは愚痴りながらも心配そうに、ミカエルの顔を覗き込む。ミカエルは涙を拭うと、にっこりと微笑んだ。 「大丈夫! さぁ、行こう、魔界へ」  暫くミカエルを見つめていたアリソンだったが、気持ちを切り替えたようだ。そして徐ろにアリソンはミカエルの脇と両膝に腕を通した。ミカエルの身体が浮き上がる。 「え……ちょ、恥ずいだろ!」  これは所謂(いわゆる)お姫様抱っこ。ミカエルの顔は真っ赤に染まる。今から魔界へと向かうというのに、大の男が恥もいいところだ。 「ミカ、すまないが我慢してくれ。こうした方が効率がいい。飛ばされたら洒落で済まなくなる」  それを聞いて、ミカエルは咄嗟にアリソンの首に抱きついた。

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