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第84話

 ヴァンパイア共がいなくなり、ミカエルとヘンリーはホッと息をつく。  兵士と民も突然消えたヴァンパイアに驚き戸惑っていたが、敵が消えた事に安堵し、喜びの声を上げている。  素直にヴァンパイアらを移動させてくれた事は良かったが、負傷している者、中には殺されてしまった者もいる事を思うと、ミカエルの怒りの気は収まらなかった。 「さて、邪魔者には消えてもらった。ゆっくり話そうじゃないか。もっとこちらにおいで。久しぶりに顔を良く見せてくれ」  闇堕ちしたルシファーには、生命の尊さも忘れたようだ。ミカエルは怒気を爆発させないよう、自分を抑えなければならない程に、ルシファーへの憎しみが増大していく。 「断る」 「悲しいことを言うのだな。余はミカエルと共にこの世を手に入れ、全世界を征服したいのだが。お前と余なら出来る、そう思うだろう?」  ミカエルと同じ菫色の瞳が、僅かに細められる。しかしその眼光はとても鋭い。 「のう、我が弟よ」  ヘンリーがゆっくりとミカエルへと振り向く。その目が驚愕に見開かれる。  ミカエルは屈辱と、皆を裏切ったのではという恐怖で、悄然とした思いに沈んだ。 「お前を兄と認めていたのは遥か昔のことだ。神を裏切った時点でお前は兄ではなくなった!」  天界で平和に過ごしていた時代は、ミカエルも双子の兄、ルシファーを尊敬し慕っていた。  双子なのに容姿は似ていなくて、体格の違いも歴然としていた。似ているのは髪の色と目の色だけだったが、美しいルシファーを誇りに思っていた。  それもこれも、ルシファーが神を裏切ったことで全てが変わった。双子だという事で、一時は皆に不信感を与えてもいた。そこを神が直ぐに収めてくれたから今のミカエルがいる。  信用し、憧れていたからこそ、裏切られた思いは誰よりも強い。 「とにかく今夜はここから立ち去れ。明日にでも王都の外で話を聞いてやる」  ミカエルが感情を押し殺してそう言い放つと、ルシファーは優美に唇の端を上げる。 「分かった。今はかなり気が立っているようだし、改めよう」  驚くべきことに、ルシファーはすんなりと受け入れ、ミカエルの目の前からあっさりと消えていった。  ミカエルとヘンリーは唖然として、宙に浮いてる。 「あっさりし過ぎている」 「……ええ、気になるところではありますが」  ヘンリーも同意しながらも、まだ警戒している。直ぐに気を緩めないところはさすが、大軍を率いる元帥だけある。  あっさりとし過ぎているのは、ルシファーに何か思うところがあるのかもしれない。  ここにアリソンがいてくれたら、直ぐにでも抹殺出来ていた。ヴァンパイアが消えた瞬間に、ミカエルにも念を送れる力があればアリソンを呼べた。それが出来なくても何か方法はあったはず。もしかしたら、とんでもない好機を逃したのではないのかと、ミカエルは焦った。 「焦っても何一つ良い結果は生まれませんよ。ミカ様」 「あ……」  ヘンリーに柔和な微笑みを向けられたことで、ミカエルの鬱々とした気持ちが少し払拭されていった。

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