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第68話
現実に引き戻されたのは、スマートフォンから流れるアラームの音がしてからだった。
静かな喫茶店では、思ったより音が響いて慌てて消す。周りを見渡したが、迷惑そうな視線が送られてくることはなかった。
……お店、出ないと。
華恋ちゃんに会う前に設定したアラームは、待ち合わせ時間から一時間後に設定していた。
本当は、もっと面倒くさい話だったら。
お金を返したいなんていうのは嘘で、別のことで呼び出されていたら。
そもそも謝りたい、お金を返すという目的であったにしてもお互い感情が昂って言い合いになったら? 一方的に詰られて、話にならなかったら? 最悪のパターンは色々想像した。
アラームが鳴れば、話を切り上げるきっかけになる。そんなことを思いながら設定したアラーム。
封筒を手に取るとずっしりと重たくて、気分が余計に重たくなった。
お金、帰ってきたなんてラッキーじゃん。
巧さんにしている借金は、思わぬところで返済の目処がたった。
ほら、良かった良かった。
なんだかドッと疲れてしまい、この後仕事だと思うとひどく憂鬱になった。
席を立つ気にもなれなくて、すっかり冷めたコーヒーに口をつける。
このお金、はやく巧さんに返さなきゃ。最近会えてないけど……。
一時間、いや、十分でもいいから会ってこれを返して、巧さんと対等の立場になって好きって言いたい。
返事は、恋人でも、セフレでもいいから、これからも会いたい。
封筒をバッグにしまいながらふと想像したのが、「え? お金返してもらったの? 良かったね、今までありがとう」とにこやかにさよならを告げる巧さんだった。
……そうか、このパターンもありえるのか!!
初めて会った時にも、こんなにイケメンでもゲイの人は相手探すの大変だから俺に手を出すだな、と疑問に思った。でもあの時の俺は、巧さんの好きな属性(ノンケ、処女)を持っていた。
今の俺にはそれがない。処女(自分で思っていて虚しい)は巧さんに捧げたし、巧さんを好きな時点でノンケではない。巧さん以外の男の人には
何とも思わないんです! と言ったところで、巧さんからしたらうん、それでもバイかゲイってことだよね? と思うだろう。俺もそう思う。
え? 俺もしかして詰んでる? 万が一、巧にお金返したらそのままさよならありえるパターン??!!
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