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第71話 ※桐藤巧視点
「ん?」
葵くんが働いている店の営業時間が終わる頃、事務所で葵くんが無事自宅に帰れたか祈って いた。
慣れとは恐ろしいもので、いつの間にか葵くんが帰宅するのを見守ることが日常となっている。
葵くんは、滅多にアフターしない主義なのか俺が確認し始めてからいつもまっすぐ家に帰っていた。
アフターした自分が葵くんの特別だと優越感に浸れるのもたまらない。……いや、葵くんの立場だったら断れないんだろうけど。
そんな葵くんが、家とは逆方向に進んでいた。
護衛から連絡がないし、珍しくアフターでどこかに向かっているのかな? だが、何か嫌な予感がした。
「勘太、表に車回して。今すぐ」
「? はいっ!」
携帯で護衛に電話を掛けるが、長い着信音の後、〝ただいま電話に出ることが出来ません〟とアナウンスが流れる。
嫌な予感が、はっきりと確信に変わっていく。
まだ事務所に残っていた舎弟に、護衛の安否を確認しに行くように伝える。
ガンホルダーに愛用のデザートイーグルを収めて、急いで表に向かった。
松平……舐めたマネしやがって……。
まんまと大事なものを拐われる自分にも腹が立ってしょうがない。
「桐藤さん、どこに向かうんですか?」
「ここ。飛ばして。葵くんが危ない」
「はい! ……松平のヤツ、やってくれましたね。」
「うん、許さない」
まだ対象が動き続けている画面をそのままにして携帯を勘太に渡す。
俺は別の携帯を取り出し、電話を掛けた。
どっかで飲んでますように。七コール目で相手が電話に出る。
『お〜? なんだ桐藤』
ガヤガヤとうるさい背後と、陽気な組長 の声に安堵する。寝ていなくてよかった。
「遅くにすみません。ちょっと相談したい事がありまして」
『あ? なんだなんだ。オレ今酔ってるから手短に済ませろよ』
「もちろんです。実はですね……」
電話を切る。とりあえず組長 からの許可は貰った。
松平の卑怯さにも、自分の迂闊さにも腹が立ってしょうがない。
怖い思いをしているだろう葵くんのことを考えると、胸が痛んだ。
早く追いついてくれ……。こんな時に、葵くんの無事を祈るしか出来ない自分がひどく虚しい。
松平に言われた時に、葵くんを大事に大事に囲っておけば良かった。
俺への私怨で葵くんが狙われているなんて知られたら、嫌われると思って言えなかった。結局こんな形で露見するのであれば意味がない。
たられば論は嫌いなんだけど、葵くんのこととなると何もかも選択を間違えてすぐああすれば、こうすればなんて思ってしまう俺が、心底気持ち悪かった。
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