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第84話

「お邪魔しまーす……」  玄関に巧さんはいなかった。廊下から続くドアも全て閉められており、どこに巧さんがいるかもわからない。  ……ちょっとほっとしてしまった。  もう一度小さく深呼吸をして、手前の扉から開けていく。  トイレ、物置に使われている部屋、バスルーム。どこにも巧さんはいない。  四つ目の扉を開けると、そこはベッドルームで、ベッドサイドランプだけが点いていた。  暗くてよく見えない。扉の横にボタンがあったので押すと、ベッドルーム全体の明かりが点く。  部屋を確認するより前に鋭い声がかかった。 「小鳥遊、勝手に寝室入ってくるな! 腹立つ、帰れよ」  布団から出ず店長だと思われている俺に、不機嫌そうに声を荒げる。  こわい、巧さんにこんな風にキレられたことない……! 「ご、ごめんなさい……」  思わず出てしまった謝罪に、ベッドの上の巧さんがもぞもぞと起きる。  俺の顔をしっかりと捉えた巧さんの目が、大きく開かれた。 「葵くん……?」 「ごめんなさい! 勝手に入って。店長に頼んで連れてきてもらったんです……巧さんと話したくて」 「あいつから聞いてない? もう俺に借りてたお金はなしにするって。今までありがとう。怪我させてごめんね。タクシー呼ぶから気を付けて帰りなよ」  巧さんが早口で捲し立てる。  今までありがとうって、巧さんの中でもう俺は終わってる存在なの?  怯みそうになる。だけど、だめだ。ここで何も言えなかったら、来た意味ないだろ! 「違うんです、聞いてます。でも、俺、納得できない……!」 「なんで? あ、もしかしてお金足りなかった? いくらでもいいよ」 「ち、ちが……! こんなのいらないです!」  バッグから封筒を二つ出す。巧さんからもらったのと、華恋ちゃんから返してもらったタワー代の掛け。  二つとも巧さんに押し付けた。 「俺の話聞いてください……巧さん」

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