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第4話
並べた料理が半分ほど片付いたころ。
「サラダ好きだよね」
唐突に話しかけられて、私は思わずトマトを口に運ぶ手を止めた。
「いっつもサラダ食べてない? パスタにサラダ。カレーにサラダ。ご飯と味噌汁にサラダ」
俺を拾ったときもコンビニでサラダ買ってたよ、と言われ、そういえばたしかにそうだったと思い出す。
「気がつかなかった」
「うそ、マジで? めっちゃサラダ食べてるから野菜好きなのかと思ってた」
「いや。実は、そこまで好きじゃない」
普段の食事を考えてみる。ひとりのときは大抵コンビニ弁当……と、サラダ。いつも冷蔵庫にレタスとトマトは切らしたことがないかもしれない。いまフォークに刺さっているみずみずしいトマトは、昨日使い切ったことに気づいて、今朝あわててスーパーで買ってきたものだ。
「好きじゃないんだ。先生はやっぱ偉いなとか思ってたのに、なんも考えてなかったのかぁ」
ケタケタ笑うユキトに少しむっとしながら、
「野菜はできるだけ摂るようにしてるよ。ただ料理は得意じゃないから、それでたぶんサラダになるんだと思う」
かろうじて大人の威厳を保った。
実際、サラダばかり食卓に並ぶ原因が私の料理下手にあるのは間違いない。煮物やスープ、おひたしなどで毎食バランスよく野菜を摂取できればそれに越したことはないのだろうが、あいにく私はこの歳になるまで料理にまったく興味がなかった。日々の食事は食べられればそれでいいし、美味しければラッキーくらいにしか思わない。
「でも昔、妻に言われたんだ。〝家事をしてくれとは言わない。飲みに行くなとも言わない。ただ、野菜だけは食べるようにして〟って」
自宅では集中して論文ができないと毎晩遅くまで大学に残る私を、彼女はいつも寝ずに待っていてくれた。野菜嫌いの私でも食べやすいように弁当を作り、毎朝笑顔で送り出してくれた。
あの頃の私は、まるで大きな子供のようだっただろう。
「……ふぅん。その約束を守ってるわけだ、先生は」
ユキトの操るフォークが行儀悪くミートソースを掻き混ぜる。自分から話題を振っておいて、もうすっかり興味をなくしたようだ。
ふとユキトの皿を覗き込むと、小鉢の底にトマトが残っていた。レタスやささみ、ちぎれたハムはもうすっかりなくなって、白い皿にドレッシングまみれのトマトが所在なげに積まれている。
ユキトはトマトが苦手だ。食べられないことはないようだが、気が向かないときはすぐに避ける。それを見越して、私はユキトの皿にいつもトマトを多めに乗せる。
「ユキト君も長生きしたいなら、その避けてあるトマトを食べなさい」
「別に、長生きなんかしなくていいし」
やはりというかなんというか、お決まりのあのセリフが返ってくる。自分が高校生くらいのときも、大人に諭されるたびそう思ったものだ。
「そういう言葉は、キミがいま若いから言えるんだよ」
「先生は長生きしたいわけ?」
「そりゃあ、したいよ。できるなら」
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