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第6話
ユキトが家に来る回数が減った。
まったく来なくなったわけではない。
学校で出た課題は真面目にこなしているようだし、参考書の進み具合も悪くない。
ただひとつ問題なのは、私がふと目を離した瞬間に彼が船を漕ぐようになったこと。
さっきまで上機嫌でその日あったことを話していたと思えば、私がトイレに立ったほんの一瞬の間に、机へぱったりと突っ伏してしまうこともしばしば。
今日もユキトはシャープペンシルを握りしめたまま、白い眉間に皺を寄せ、ゆらゆらと身体を揺らしている。
「ユキト君」
気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは忍びないが、彼が風邪を引いてしまうのはもっと可哀想だ。しかたなくそっと肩を揺すってみる。が、よほど深く眠り込んでいるのか、大きな瞳を隠すふっくらとした二重瞼はぴくりとも動かない。
「ユキトくーん」
何度か呼びかけると、少し尖らせたピンク色の唇から、
「ふすっ」
と、吐息が漏れた。
「ぐ、っふ」
――しまった。可愛さのあまり変な声が。
緩んだ口を慌てて引き結ぶ。誰に見られるわけでもないが、いたいけな男子高校生を間近で観察するというのは、何ともいけないことをしている気分だ。
「……無防備だなぁ」
きっとこの子は、私が見つめる視線の意味など考えたこともないのだろう。
そうでなければいくら顔馴染みとはいえ、幼児や仔猫のようにこうも無防備に寝顔をさらすことなどできない。
――仔猫、か。
そういえばユキトにはじめて出会ったとき、彼を仔猫のようだと思ったのだった。
くりくりと大きな瞳。低くはないが小さな鼻。なにより、好奇心と懐疑心に満ちた純真な表情に、動物の無垢な愛らしさを感じた。
生意気で、口達者で、一度懐くと足元にまとわりついて離れない。
透明で、美しい魂。
うつむいた綺麗な顔をそっとのぞき込んでみる。
黒々とした長いまつげを震わせ、ときどき深い息を吐く。
首にしっかりと浮き出た喉仏。ゆるんだ襟元から鎖骨が覗いて、濃く影をつくったところに私の目は釘付けになった。
「ん……」
こくん、とユキトの喉が鳴る。
その拍子に、耳にかけた長い前髪が頬へばさりと落ちた。
「あ」
起きるか……?
思わず髪を掻き上げようと伸ばした指先が、
「あっ」
目標を誤ってユキトの耳の中を突いた。次の瞬間。
「んはっ、ぁん……ッ!」
突然、ユキトがブルッと全身を震わせたかと思うと、桃色の唇から脳天を直撃するような艶めかしい声が上がった。
驚いて後退る私の目の前で、細い肩が不規則に揺れる。
ぽうっと薄く開いた口が喘ぐように二三度息をする。
どう見ても、彼はいま――感じていた。
まごうことなく、性的な、快感を。
「あっ……ぁ、なにっ……」
ようやく夢から覚めたのか、ユキトが驚いたように辺りを見回す。
隣で固まったままの私の指先を見て、なんとなく何が起こったのかを悟っただろう。白い頬にぱっと朱が差した。
「え……せ、んせい?」
「あ、ごっ、ごご、ごめっ、ごめん!」
わざとじゃない、事故だ、そんなつもりなかったと必死で弁明する私の顔を、ユキトはじっと眺めている。
「そんなつもり、って?」
「いや、その、だから、変なことしようとかそういうんじゃ、なくて」
「変なこと?」
視線に棘がある、というのはこういうことを指すのだ、とでも言いたげなキツい眼差しだった。
「先生は、俺が変なことされるようなヤツだって思ってるってこと?」
「は」
――そうきたか……!
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