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第8話

◇◇◇  狭いベランダに一枚、枯れ葉がひらりと舞い降りる。  6階のこの部屋になぜ。  考えてみれば、何のことはない。隣の住人が残していった植木鉢から枯れ落ちた葉が、木枯らしに乗ってこちらへ飛んできただけだった。  隣室には夫婦と子供2人の家族が住んでいた。夏の終わり頃、家族揃って長期出張で海外へ行くのでしばらく留守にしますと、菓子折をもった奥方が挨拶にきたのを覚えている。まだ4、5歳の男の子の手を引いて、彼女は幸せそうに笑っていた。  家族がいる生活というのはどういうものだっただろうか。最近、とくに考える。  妻は長く入院していて、家に帰れば大抵ひとりだった。おかげで料理以外の家事一切はすっかり得意になった。  物干し竿にずらりと並んだ服が忙しなくはためいている。  Tシャツに短パン。大量のタオルに、くるぶしまでの短い靴下。その間に、申し訳程度のシャツとスラックス。 「……洗濯物、取り込むか」  この風なら、今朝干した洗濯物はすっかり乾いているだろう。  窓を開けると心地よい風が頬を打った。  秋は好きだ。胸のすっとすくような、透き通った空気の匂いが良い。まだ17時だというのに、遠くの空は早くもうっすらとオレンジ色が滲んでいる。  眼下にちらほらと灯りのつき始めた外灯をぼんやりと眺めていると、 「ちょっと。さむい」  背後から不機嫌そうな声が私の背中を叩いた。 「ああ、ごめん」  私は慌てて洗濯物を部屋に放り込み、窓を閉める。 「早く座ってよ。ソレ、あとでいいじゃん」 「うん。あ、いい匂いだなぁ」  いつの間にかダイニングテーブルには美味しそうな料理が並んでいた。イタリアンパセリを散らした鯖のパン粉焼きをメインに、ガーリックライスと野菜たっぷりの色鮮やかなコンソメスープ。 「冷めないうちに早く食べよ、先生」  振り返れば、エプロン姿で仁王立ちのユキトがそこにいる。

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