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第14話

「……」  驚きのあまりぎくりと顔を強張らせた私を見て、河々谷氏の日に焼けた顔が見る間に青白く変わる。こちらの沈黙を事実上の肯定と捉えたのだろう、彼の頭のなかでは今、考え得る限り最悪の結果が渦巻いているようだ。 「一応、理解はしているつもりなんです。有季斗は〝ああいう子〟ですし、先生をとても慕っています。話に聞くより先生はずっとお若く見えますから、そういう感情を持つのも不思議ではないと……いや、不思議、ではないんでしょうか。私のような者にはわかりませんが」  こちらはあまりユキトと似ていない、無骨な指先がグラスの表面をなぞっている。  彼自身、自分がなにを喋っているのかわからない様子だった。両目はしきりに周囲を見廻し、一切こちらを見ようともしない。私は河々谷氏の視線を探した。 「か、」 「でも、あの子はまだ子供です! 自分の、こ、子供はできませんが、あの」 「河々谷さん」  ハッと河々谷氏が顔を上げた。唇は小さく戦慄き、グラスを握る手は指先が白く色を失っている。無理もない。大事な息子が得体の知れない人間に誑かされているかもしれないのだ。  子を持つ親にとってそれがどれほどの心痛か、そんなこと子を持たない私にだって容易に想像できる。  だがひとつだけ、河々谷氏の言葉にひっかかるところがあった。 「河々谷さん。ユキト君が〝ああいう子〟だというのは、一体どういう意味でしょうか」 「え?」  彼は心底わけがわからないという顔をしている。視線が私の頭の先から胸のあたりを何度も往復した。 「いや、え? 先生も〝そう〟なのでは?」  彼の反応からピンとくるものがあった。 そして同時に、胸の奥からこみ上げるものも。 「もしかしてユキト君は、男が?」  私の言葉に、河々谷氏はこれまで以上に狼狽の色を見せた。   「ああ、しまった、先生は違うんですね。すみません。私の早とちりで大変失礼なことを」  さらに青ざめる相手へ、苦笑いを返すことしかできない。  ――失礼、か。  たしかに私は貴方のいうところの〝そういう人間〟ではない。だが息子さんに〝そういう〟感情を抱いているのだと、この人にすべてぶちまけてしまいたかった。自分でもずいぶん捨て鉢な気分になっているのは認める。  河々谷氏はユキトの性的指向に戸惑いを受けている。はっきりとした嫌悪ではなく、おそらく、理解の範囲外にあるものから目を背けてきたのだろう。その気持ちは痛いほどわかる。  私が妻の死を最期の瞬間まで受け入れられなかったように、彼もまた、目の前にある事実を信じたくないと、心のどこかで思っている。  だが、ユキトは。  ユキトが男を好きだとわかっても素直に喜べないのは、ユキトの孤独をこの目で見たからだ。  家に戻りたくないと訴える彼を、この肌で感じてしまったからだ。 「お父さん」  ユキトのことをもっと知りたい。  知ったところで私にはなにもできないだろう。  でもきっと、あと少しだけユキトに近づくことができる。少しだけ、ユキトの痛みを背負ってやれる。  子供のユキト。 人生も後半に差しかった私。  広い舞台の端と端。  でも、やっと同じ舞台に立てた私なら。 「少しだけ、立ち入った話を伺っても?」

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