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第15話

「はぁ……なんでしょう」  家族の重大な秘密をうっかり口にしてしまったからだろうか、ばつの悪そうな表情を浮かべたまま河々谷氏は答えた。  私は戻らないユキトのことを思いながら、 「ユキト君が学校へ行かなくなった理由……家に戻らなくなった理由は、彼が同性愛者であることと、なにか関係があるんでしょうか」  私の知らないユキトの姿を探して、訊ねた。   「親の私が言うのもなんですが、有季斗は昔から優しくて物わかりのいい子でした」  河々谷氏はぽつぽつと語り始める。真新しい家に幼いユキトの姿を見るかのように、部屋の隅へと視線を移した。  河々谷有季斗は3人兄弟の末っ子である。  年の離れたふたりの兄と、共働きの両親のもとに育った。  ユキトの兄達は大学進学と同時に家を出、長男はその1年半後に結婚した。まだ中学生だったユキトは近くの公立中学に通い、実家に暮らしていた。 「ちょうどそのころ妻が身体を壊したんです。大したことはなかったんですが、術後の経過が思わしくなくて、一時期この家は私と有季斗のふたりになりました。私は家のことを妻に任せきりでしたから、それはもう大変で」  その際、長男夫婦との同居話が持ち上がった。話を持ちかけたのは長男の嫁だったという。 「正直、渡りに船でした。それでも息子の嫁はまだ若いお嬢さんでしたし、ずいぶん悩みはしたんです。ですが彼女がどうしてもと言うので」  理由を訊ねれば、彼女は『ここに新しい家を建てたい』と、実にあっけらかんとして答えたらしい。正直な性格が姑であるユキトの母親にも気に入られ、ちょうど第一子の妊娠が発覚したこともあって、同居の計画は瞬く間に現実となった。 「その話、ユキト君はなんて?」 「……どう思うか、とくに訊かなかったんです。思えばそれが最初の間違いでした」  当時のユキトは兄夫婦と仲良くやっているように見えたという。母親も家に戻り、子供も無事に生まれて、不器用ながら甥っ子の世話も率先してやっていたらしい。兄である長男は年の離れた末っ子を相変わらず可愛がっていたし、義姉も思春期を迎えてなお、これといった反抗的な態度のないユキトと実の姉弟のように打ち解けた。その当時の河々谷家は、まるで最初からひとつの家族のように睦まじく暮らしていた。  しかし、それでもやはり異変は起こった。 「忘れもしません。あれは、次男が結婚したときのことです」  二番目の兄は今でいう〝授かり婚〟だった。同僚の女性と縁があり、今さら反対しても、という空気が両家に流れるなか、入籍、披露宴と誰もが慌ただしく日々を過ごしていた。 「ユキトも受験を控えていました。あの子の希望はどこか下宿先を探して県外の高校へ進学することだったんですが、私はそれを理由も聞かずに反対したんです。上ふたりも家を出たのは大学からでしたし、優しいとはいっても、どこか幼いところのあるユキトに独り立ちは早すぎると思いました」  河々谷氏の心配はわかる。いまのユキトですら、ともすれば心配になるほど無防備なときがある。しかし当時のユキトは意外にもしつこく食い下がった。自分で評判の良い下宿先を探し、どうしても家を出たいと父親に訴えた。 「少し前に私の父が亡くなって、まとまった金が入ったばかりでした。少しだけ援助をして長男に家を建てさせて、いつか必要なくなるユキトの部屋も作りました。部屋のことも、息子の嫁が『年頃の男の子に自分の部屋を持たせてやりたい』と言ったからで、その気持ちを無駄にするのか、と私はあの子を叱りました。家を出たいという理由も、思春期ですから義姉との関係に悩んでいるだけだろうと思い込んでいたんです」 「……その状況なら私だってそう思います。お父さんだけじゃないですよ」  頭を抱える河々谷氏の重く垂れ下がった肩に声をかける。ふ、と力が抜けたように、訥々と話は続いた。 「結局、ユキトは今の高校に入学しました。入学が決まればもうすっかり大人しくなって、家を出たいと言っていたのも忘れたかのように真面目に学校に通いました。部活にも入って、それなりに楽しくやっているように見えて、私たちもホッと胸を撫で下ろしたところに次男の子供が生まれて……そのとき、ささやかですが親族を集めて顔見せをしたんです。その顔見せが滞りなく終わって……自宅へ戻る帰り道のことでした」  兄のワゴンに両親と義姉と甥っ子。新しい小さな家族に皆が沸き立つなか、夕暮れの車内でユキトはぽつりと言った。 「『孫が増えてよかったね。俺は男が好きだから子供は見せてあげられないけど、もう満足だろ』と。あの子が、そう言ったんです」  ――――なんてことだろう。  胸がじりじりと万力で締めつけられるようだった。吐き気にも似た悲しみが、内蔵すべてを巻き込んで外へ飛び出しそうとしていた。  気づけば私は涙を流していて、河々谷氏は震える腕を自分で抱いていた。

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