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「仔猫の寝床」 6話

 ――わかってる。ユキトは〝私〟を拒絶したんじゃない。私と、この部屋にある〝私の過去〟に心を囚われている。 「……写真が気になる?」  驚愕が、張り詰めた部屋の空気を震わせる。私に心の内を看破されることなどないと思っていたのだろう、ユキトの頬は固く強張り、唇は強く噛みしめられていた。 「ずっと気にしてたろう、妻の写真を」 「知らない」 「キミを責めてるわけじゃないんだ」 「知らない」  頑なに否定し続ける彼の眦に、うっすら光るものがある。彼と出会って溢れんばかりに甘い蜜を湛えはじめたポンコツの心臓が、幼さの残る少年のひたすらに無垢な言葉や視線に深く刺し貫かれる。痛みが私に命を教えてくれる。 「私を薄情な人間だと思う?」  訊ねれば、ユキトは押し黙ったまま首を横に振る。 「私は、自分をひどい人間だと思うよ」  目の前の愛しい存在に触れたくて過去の自分に目を瞑った。かつて永遠の愛を誓った人に、好きな人の成長を誇らしく語った。 「妻が生きてる間、私は妻以外の人を好きになることはなかった。だから彼女が今の私を見て、どういう感情を抱くかわからない」  いまこの場に彼女がいて私を許さないと言うのなら、どんな誹りも受け入れる。叩かれ、殴られ、人でなしと罵られようと一言も反論できない。するつもりもない。  夫の幸せを願わない妻などいない。そんな夢物語に似た希望的観測を抱きながら生きることは、私にはできない。 「妻は私を愛してくれた。私も妻を愛してる。いまでも。たぶん、死ぬまで」  記憶のなかにふわりと消毒液が薫る。私の手を強く握る、痩せ細った指の力の強さを覚えている。不摂生を諫める声も、初めて抱いた肌の感触も。遡れば、どこまでも。  目の前の少年の頬に、生まれたままの黒髪がかかっている。湿って細い束になったそれを指先で摘まむ。  出会った頃は大人ぶった、痛々しい色をしていた。あれからずいぶん時が過ぎた。彼の細胞はこの瞬間も呼吸していて、日々新しく生まれ変わっている。これからも、ずっと。  ――ユキトは生きている。私の前で。 「妻への愛とユキト君への想いは違う。いくら説明したって彼女は納得してくれないかもしれないし、世界中の誰も私を祝福してくれないかもしれない。だから私は死ぬまで彼女に謝罪し続ける。でもそれは私の役目だ。キミじゃない」  優しい子だ。こんな言葉、きっと気休めにもならない。それでもいま、伝えずにはいられなかった。 「罪はがもっていく。だから、ただキミを愛させてほしい」

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