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「仔猫の寝床」 7話 ※
◇◇◇
首筋に顔を寄せる。真新しいシーツの匂いと、ユキトの香りが強くなる。
伸びた髪を掻き分け耳朶に唇を這わすと、しなやかな身体がふるりと震えた。たまらなくなって、粟立つうなじに強く吸いついた。
真っさらな瑞々しい肌に最初の一歩を踏み入れ、彼の長い長い人生に〝私〟という楔を打ち込む。
「ぁ……せ、んせ……」
彼の未来は今日、この瞬間、茨の道へと舵を切る。
躊躇うユキトの手をとって、寝室のドアを開けたとき。
まだ誰の痕跡もないベッドを指先で辿り、自分のために買ったのかと蚊の鳴くような声で訊ねる彼を、気づけば押し倒していた。
しまったと思ったときには、もう遅い。頭の中は彼のことでいっぱいになって、唯一触れることを許された珠のような唇にも、もう拒まれることはないのだとわかった瞬間、夢中でむしゃぶりついていた。
ユキトもまた、黙ってそれに応えた。
髪を撫で、鎖骨を辿りながら彼の情欲を引きずり出すうち、太腿にぶつかる柔らかな膨らみがわずかに硬さを増していることに気づいた。
キスだけで兆している。
歓喜と、底知れぬ欲望に理性を攫われるまま、
『自分で触ってごらん』
耳元で、彼を唆した。
赤く濡れた唇を舌でなぞる間に、ユキトの手が張り詰めた快楽の証へと伸びていく。震え、迷うその指を、私はかつてないほど強い征服欲に満たされながら眺めていた。
そしていま、昂ぶり、涙を流す自身をユキトは泣きながら慰めている。
「あ、ぁ」
ほどけた唇から吐息とともにこぼれ落ちる声に力はない。どろどろに蕩けた肢体で、彼の両手だけが緩いジャージのなか、忙しなく蠢く。
ときに速く、ときにねっとりと。こぶし大の塊がざらついた布地を突き上げ、全身の筋肉が緊張と弛緩を繰り返す。
「ぁっ」
衣擦れの音に交じる蜜の気配。肌に触れる空気が湿り気を帯び、淫靡な香りがあたりを漂いはじめていた。
鼻先の触れる距離で己の痴態を余すところなく熟視され、さすがの若い性欲も羞恥を隠しきれないのだろう。白い頬に滾るような血の色を浮かび上がらせ、その上を幾筋もの涙が伝っては消える。
「も、やだ……」
長い首を必死に伸ばして顔を逸らし視線を振り切ろうとするのを、噛みつくようなキスですかさず阻む。上気した頬も、快感に溺れる淫らな声も、彼を感じる一分一秒だって逃す気はない。
私にはきっと時間がない。これから先、満足するまで彼と愛し合える時間が。
だからこの目に焼き付けたい。私に溶かされ、ぐずぐずになった彼の姿を、できるだけ長く。
「俺のことは気にしないで、手を動かして」
「や……だって、みて、る」
「見てるよ。可愛い」
「んっ、ん」
涙混じりの声を漏らしながら、下肢を弄る手は一向に止まる様子はない。耳障りなスプリングの音。投げ出した両脚の爪先が、ぎゅう、と丸まって、押し寄せる快感の強さを訴えている。
シーツに踊る黒髪。食いしばった歯の隙間から漏れる短い息。限界が、すぐそこまで迫っていた。
「せん、せ……ねぇ、イ、クから……っ」
いやらしい言葉を吐き、ユキトは恍惚として法悦に浸っている。その声を聞くとき、私の興奮が彼の興奮となり、彼の快感が私の快感となった。まるで私自身まで彼の手の中で愛されているような、そんな不思議な感覚が全身を包み込んでいた。
「ん、ぁ……イク……」
「いいよ。キスしながらイこうか」
汗に濡れた前髪のむこうから、潤んだ瞳が私を見上げる。
はやく、と視線に急かされるまま、身体の中心で熱く滾るものの代わりに深く舌を差し込む。
「ん、ぅ、ぁん……っ」
触れては離れる唇に追い縋り、彼は必死になって私の舌へ吸いついてくる。
芯から噴き上がる苛立ちにも似た激情をやり過ごし、衝動のまま、覗いた舌先に見えた火傷の痕に歯を立てた。
「ぁ」
ぶるっ、と震えた身体が引き絞るように腰をくねらせ、やがて力を失い、ゆっくりとシーツの海へ落ちる。
重く湿った寝室を満たす、荒い息。
指に絡みついた白濁を皺の寄ったシーツへ撫でつけ、
「……ね。俺の」
ユキトは、赤く腫れた唇にひどく淫らな笑みを浮かべた。
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