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第7話

 幸久の行動パターンは頭に入っている。今日は金曜日、SMバーにポールダンスを見に行くか、オネェママのバーか、真っ直ぐ家に帰るか何方かである。  幸久は基本、翌日の影響を気にして金曜日以外は真っ直ぐ家に帰っている。  なのでこの前はイレギュラーであった。  男遊びも本当に久しぶりであったし、何にそんなストレスを感じたのか、考えてもよく解らない。  最近まで紹介された女性と付き合っていたが、先日別れた様だが……  幸久はそこまで本気ではなく、別れた事を気にしている様子も無かった。  寧ろ別れたから心置きなく男遊びが出来ると思ったのかも知れない。  それにしたって、大事な会議を控えた夜に遊びに行くのは頂けない。  どうやら今日も幸久はママのバーに行く様だ。  一度遊びが始まると、毎週遊ぶようになってしまうのが幸久である。  今日こそキツく言って連れ帰ろう。  そう思って、幸久の後をつけてきたのだ。 「こんばんは」  幸久は律儀にママに挨拶しながらバーに入った。 「あら、いらっしゃい。今日は秘書さんも一緒なのね」   フフッと笑うママ。 「えっ!? あれ、何で居るんだ?」  振り向いた幸久が俺に気づく。  本当に鈍感で心配である。 「私も呑みたい気分なんで」  まさか説教する為につけて来ましたとは言えず、嘘を付いた。 「なんだ言ってくれたら良かったのに」  幸久は信じた様で、一緒に店に入った。  こんな事が初めてでは無いので、ママは感付いている様子である。 「秘書ちゃんも大変ね〜」  なんて笑っている。  カウンター席に座った幸久は意味が解らなそうな顔をしていた。 「……誰かを待っているんですか?」  幸久は携帯を気にし、少しソワソワした様子である。 「ああ、約束していたんだが…… 君に付き合おうかな」  幸久は苦笑してみせる。 「……珍しいですね」  誰か特定の人と連絡先を交換するなんて、今まで無かった気がする。  内心、焦る。 「こんなおじさんを良いと言ってくれるんだ。可愛くて良い子なんだよ」  幸久はヘラっと笑って見せた。嬉しそうな顔だ。少し自慢気にも聞こえる。 「私も良いと言ってますけどね。私がおっさんだから嫌なんですかね」  思わずイラッとし、素っ気ない声が出た。 「え? いや、違うぞ! 君はおっさんじゃない! 若いじゃないか!」  慌てて否定する幸久だが、歳は一緒である。  若い子が好きだったとは…… 歳には勝てないか。 「まぁ、確かに私は可愛くもありませんしね」  何だか愚痴っぽくなってしまう。  度数の高いアルコールを煽った。 「何を怒っているんだ? 遅刻した事か? それとも会議中に勃起させた事か? 反省しいるぞ」  幸久は心配そうに此方を見つめている。 「反省しているなら態度で示して欲しいですね。舌の根も乾かぬうちこんな所に来て男と待ち合わせだなんて……」  ムカムカする。 「ちゃんと金曜日だぞ」 「そういう事じゃないでしょう」 「君だって明日男と待ち合わせしてゴルフに行くだろ?」  幸久も酒を呑みつつ、少し不貞腐れた表情になる。 「……接待ですよ?」  別に好きでゴルフに行くわけでは無いし、男と待ち合わせと言われると……  大体、一緒に行くのは会長、幸久のお父さん達だ。 「社長も一緒に行きますか?」 「俺、ボール飛ばせない」 「そうですね。教えてあげますよ」  いつもボールではなく地面に当て穴を掘ってしまうし、練習しても無駄に力強くて何本も折ってしまうから、本人が嫌になり、やめてしまったのだ。  幸久は苦手なの知ってる癖にと、ムスッとしている。 「日曜日なら空いていますよ」 「日曜日は休めよ」 「水族館にでも行きますか? お好きでしたでしょイルカ」   俺は機嫌取りに出た。 「好きだけど……」  さりげ無くデートに誘えたようだ。 「じゃあ今日はもう帰りましょうか」  機嫌も取れたし連れ帰ろうと、手を摑む。 「まだ呑み足りない」  幸久はまだ不満げだ。 「私の家で呑みましょう」  ママに聞かれると気を悪くするかも知れないので、幸久の耳元で囁やき、家に誘う。  ママはニコニコしているので、要らない気遣いだったかもしれない。 「うーん」   何が気がかりなのだろうか。家呑みに誘って嫌がられる事はあまり無いのだが、あまり乗り気では無さそうだ。  ママか、若い子に抱いてもらう予定で来たのにセックス出来ないのが心残りなのだろうか。  セックスなら俺がいくらでも相手になるのたが……   そんなに俺では駄目なのか? 「ほら、幸久さん」  ちょっと甘えた声を出し、お強請りする様に手を引く。  幸久は俺のこれに弱い。と、言うか押しに弱い。 「やっぱりセックスしたい!」 「えっ!?」  いきなり立ち上がると、「ごめん!」と、だけ謝り、お金を置いて外に出て行く幸久。 「待って下さい! 社長!!」  まさかセックスしたいなんて声を上げながらフラレるとは思わかなかった。 「ママさん、これで足りますか?」 「ええ、また呑みに来てね〜」  慌ててお金を置く俺に、ママさんは呑気に微笑みながら手を振っていた。 「社長!」  外に出た幸久に追いついて手を掴む。 「離してくれ貴史」  貴史は俺の名前だ。呼んでくれたのは久しぶりだった。 「セックスしたいからと彷徨くのは危険なのでやめてください」 「大丈夫だ。やっぱり橋田くんにお願いする事にしたから」 「橋田くんとは誰ですか」 「さっき話した若くて可愛い子だ」 「この前行きずりで会ったばかりの子でしょ。そんな何処の馬の骨とも解らない人は知らない人と同じです」 「橋田くんは馬ではなく人だぞ」 「馬鹿な事ばかり言って! 酒弱いんですから気をつけて下さい!」  こんな往来で揉めたくは無いのだが、どう見ても幸久は既に酔っている。 「あの、こんばんは……」  控えめに声を掛けられ、そちらに視線を動かした。酔っぱらいが喧嘩だと思って止めに来たのかも知れない。 「やぁ、こんばんは橋田くん」  違った。彼が橋田くんらしい。  確かに一見ウケる側かと思う可愛らしい子だ。 「すみません、今日はお引取りを」  幸久を守りたくて、後ろに隠そうと手で遮った。 「ああ、3Pですか? 僕は構いませんよ」 「はぁ?」  橋田くんとやらは話がわからないのか、お引取り下さいと言っているのに、何故複数人プレイを所望したと思われるのだろうか。 「さ、3Pなんて、そんな俺、出来ない……」  困った様に恥ずかしがる幸久。  だから誰も3Pをしよう等と提案してないのだ。 「せっかく貴史さんもいらっしゃいますし、ハプニングバーにでも行きませんか?」 「おい、橋田とやらさん。何故私の名前ご存知か!?」  急に名前を出されて驚き、変な言葉遣いになってしまった。ハプニングバーに誘われた事にも驚く。幸久にこれ以上、変な遊びを教えないで欲しいのだが。 「あ、気付きませんでしたか? 下着メーカーの橋田ですよ? この前会社に伺いました。あの後、二人で会議室でしてましたよね? 僕も混ざりたかったです」 「おいおいおいおい!!」  めちゃくちゃ知ってる人!!!!  何処の馬の骨かも解らない人では無いが、安心出来るって話でもない。  普通にうちの子会社の社員じゃないか。 「やっぱりあの子は君だったんだな。声が似ていると思ったんだ〜」  酔が回っているのだろう幸久はヘラヘラしているが、笑い事ではない。  大会社の社長がビッチで淫乱な事を他でも無い社員にバレるなんて…… 「あの、橋田さん。この事は内密に……」 「勿論です。で、どうします? この後、ハプニングバーにでも?」 「お断りします。この後は私の部屋で呑み直します」 「では3Pですね!」 「いえ、3Pではなくって……」  取り敢えず、こんな所でハプニングバーやら3Pやら言い合いをするのも、いくら路地裏だと言えどママに申し訳ない。  本当にヤバい奴らだと思われ、通りすがりに通報されてしまうかも知れない。それだけは絶対に避けなければ。  俺は足早に大通りまで出てタクシーを止めるのだった。  早くこうしておくんだった。

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