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第12話
「し……たか…かし…たかし……」
「ん…?」
「貴史ーー!!」
名前を呼ばれながら揺すぶり起こされ、ハッとし、飛び起きる。
ジリジリと目覚まし時計も鳴っていた。
慌てて時計を確かめる。
「ギャアーーー」
大変、遅刻だ。
慌ててベッドから降り、シャワールームに飛び込んだ。
どうしよう。もう本当に遅刻だ。
会長や、他の人を車で迎えに行かないといけないのに。信用問題である。
「貴…お迎え…橋…くんに行って……ったからゆっ……支度をすると……慌てて転ぶな……」
「え?」
シャワーの音で断片的にしか聞こえなかった。
一度シャワーを切って、ドアを開ける。
「すみません、聞こえませんでした。もう一度お願いします」
「君っ……」
急にドアを開けたので、驚いた様子の幸久が顔を反らす。
「橋田くんがお迎えに行ったんだ。だからゆっくり支度をしろと、言った」
「待って下さい、何で橋田さんが?」
「彼も今日はゴルフに誘われていたそうなんだが、断った様でな。詳細は知っているから行くと……」
「ああ……」
そう言えばたまに来ていたな。あのモジャモジャ毛と眼鏡の方で。
上手なのだが、上手くコントロールしてプレイしている様な。目立たないプレイをする子だ。確か会長も気に入っている様子で、下着メーカーは彼が将来任せられる事になりそうだ。出世頭と言うやつだな。
「了承しました。有難うございます」
お礼を言ってシャワーに戻る。
ゆっくりしても良いと言われても開始時間に遅れるのはやはり避けたい。
支度を急がなければ、橋田にも貸しが出きてしまった。
………
ちょっと待て、そういえば昨夜はあれからどうなったんだっけ!?
俺は急に昨夜の事を思い出して来て恥ずかしさが込み上がってくる。
幸久とセックスしてしまった……
しかも抱いた筈なのに、尻で抱かれた感じがする。
女みたいにアンアン喘がされて……
最悪だ。
凄く気持ちよかったけど、きっと幸久は物足りなかった事だろう。
自分が相手になってあげますとか、気持ちよくしてあげますとか言った事を思い出すと、顔から火が出そうだ。
どの口で言っていたのだ。
きっとテクもモノも無い、つまらない男だと思われた。
もしかしたらドン引きさせてしまっているかもしれない。
最悪過ぎるだろ。
これでも一応、何回か女性と付き合った事も有るし、セックスが上手だとも言われた。勿論、最中に声を上げた事なども無い。至ってシンプルで紳士的なセックスを営んでいた。幸久と橋田のモノが大きすぎるだけで、自分は普通サイズであり形も悪くはないと思っていたし、女性を喜ばせるには十分な長さであるし、テクもある方だろう。
割と自信が有ったのだ。
自分はセックスが上手だと。
幸久の相手だって務まる。喜ばせてあげられるって思ってた。
実際は全然だ。
念願だった幸久とのセックス。
なのに、自分ばかり善くなって、女の様に喘がされて……
俺ばっかり凄く気持ちよなって……
セックスって気持ちいいんだな。知らなかった。女性を気持ち良くする為の行為であり、自分が気持ちよくなる事など無く、作業的なものだと思っていた。
幸久と、橋田のセックスは凄かったな。
幸久、気持ち良さそだった。
俺じゃ駄目なんだ。
そう、思い知らされた。
何だか視界が歪む。ああ、俺、泣いてるんだ。
こんな所まで女々しい。
俺では幸久を満足させてあげる事は出来ない。その事実が悲しくて、辛い。
幸久を満足させてあげられるのは橋田で、俺は二人のセックスに興奮して、幸久の尻で喘がされる。
俺、馬鹿みたいだ……
「うう……」
涙が止まらない。辛くて悲しくて、声を抑えられない。
俺はこんなに弱いんだ。
そんな気がして……
「貴史? どうしたんだ!?」
シャワーが長かったのだろうか、心配して覗いてくれたのだろう幸久が慌てて駆け込んでくる。
シャワーを浴びながら膝を抱えて泣いていた俺を心配し、抱き寄せてくれた。
「社長、濡れてますよ」
シャワーで幸久さんはビショビショだ。
「俺は良い。どうした? 具合が悪いのか? 何処か痛いのか??」
優しい幸久。心配してくれている。
「何でも無いんです。私、シャワーはこうして浴びる方なんです」
我ながら苦しい言い訳をしたものだ。
「そうなのか?」
あ、信じてくれそう。
「ええ、よく変わっていると言われます」
「そうか、それは邪魔をしてしまったな。シャワーはもう良いだろう。早く上がれ」
上手く誤魔化せた様だ。相手が幸久で良かった。
「社長も浴びます?」
「そうだな、浴びたい」
「じゃあ、上がりますね」
何事も無かった様に対応し、シャワーを止めてシャワールームを出る。
「社長、服を脱いで下さい。もうそれどうしようも無いので洗濯機に入れます」
ビショビショに濡れてしまった服を脱がせ、受け取ると近くの洗濯機に入れた。
「じゃあ、社長はゆっくりしてて下さいね」
「いや、俺も一緒に行く事にした」
「え?」
ゴルフに?
玉に当てられなくて土に穴開けちゃうのに?
クラブだって持ってないだろう。
「貴史は俺を迎えに行くという事にして、橋田くんを変わりに行かせたんだ」
「あー、なるほど」
それなら遅刻してもおかしくは無いのか、幸久の支度が手間取ったとか、何とでも言える。
橋田にはとんでも無い借りが出来てしまった様だ。気に食わないが、助かった。
「了承しました。私は支度をしてきます」
返事をし、ドアを閉める。
洗濯機を回し、幸久がシャワーを浴びる音を少し聞いてから着替えに向かうのだった。
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