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第19話
「ンン…アッ、ふぁ」
キスってこんなに気持ちよかったのか。知らなかった。誰とキスする時も感じなかった気持ちになる。橋田とも全然違う。
幸久はキスが上手いんだ。
「貴史、気持ち良い?」
「うん……」
ハァハァと、上がってしまった息を整える。
「俺も気持ちいい」
「アッ、待ってくださっ…うふっ」
幸久は息も整えさせてくれずに長いキスを立て続けにしてくるものだから堪らない。
酸欠で頭がぼーっとしてしまう。
「会長達はバスで帰るそうですよ〜」
いつの間にか橋田が戻って来ている。
それどころでは無く、ギブギブと幸久の肩を叩くが気付いて貰えない。
キスで死んでしまう!
「ああ、幸久さん。ほら、貴史さん苦しそうですよ〜」
フフッと苦笑して幸久を俺から引き離してくれる橋田。幸久は不満気であるが、助かった。
「私達の事は……何と?」
ハァハァと荒い息を整えつつ聞く。まさかセックスしているので先に帰ってくれとは言わないだろう。
「二人共酔ってしまったので泊まる事にしましたと。会長が心配なさってましたが、寝てしまっているので、僕が付き添いますと伝えましたよ。旅館側にも伝えて了承を得てますのでご安心を」
「有難う。助かりました」
「いえいえ」
何でもそつなくこなしてくれる。流石に下着メーカーの出世頭。伊達ではない。
橋田は、ニコリと笑っている。
「僕、せっかくなので内風呂に入ってきますね」
そう言って風呂の方へ行ってしまった。
あんなに呑んで大丈夫かと少し心配に思ったが、全然酔も感じないしな。
「貴史、続きしよう」
少し拗ねた様な声で迫ってくる幸久。放っておかれたのが嫌だったらしい。
「はい、良いですよ」
酔っているせいも有ると思うが、セックスをしだすと幸久は別人だ。
凄く可愛い。
「貴史の、俺に挿れる? 俺が貴史に挿れる? どっちが良い?」
「えっ……」
それ、選択肢になるのか!?
雌豹の様に俺に跨がる幸久はペロリと唇を舐めると、雄の顔になる。
「貴史の処女アナルが欲しい」
「処女アナルですか?」
「まさか処女じゃないのか!?」
ポカーンとしてしまった俺に焦った表情になる幸久。処女か処女じゃないかと言えば、自分は女性ではないので違うと思う。
「そうですね。処女では……」
「相手は何処の何奴だ!?」
クソっ!! と、声を荒らげる幸久。怖い! さっきの可愛い幸久は何処に!?
「ど、何奴だと言われましても……」
大丈夫なのだろうか。幸久は酔い過ぎではないか!?
俺の事、女性に見えるのだろうか。
まさか誰かと勘違いしてる!?
いや、ちゃんと貴史と呼んでくれているけど。見え方違うのか??
俺は混乱してしまう。
「貴史の馬鹿野郎!! この浮気者!! 女相手なら我慢するが、他の男となんて許さないぞ! 貴史は俺のなのに!! しかも寄りによってウケだなんて!!」
「まっ、待ってください。何? 何??」
すごく怒らせてしまったらしい、俺の腕を掴む手に力がこもり、痛みすら感じる。
早口で何かを捲し立てる幸久だが、殆ど何を言っているか解らない。浮気者とか、ウケとか…… どう言う意味だろう。
「どうしました!!??」
裸でびしょ濡れの橋田が風呂場から駆け出してくる。
お風呂に浸かっていたのだろうが、怒鳴る幸久の声が聞こえたのだろう。何事かと飛び出して来てくれた様だ。
「橋田くん! 貴史を今から犯すから押さえつけててくれ!!」
「え!? 落ちつて下さい」
とんでも無い事を叫ぶ幸久に、駆け寄った橋田が引き離してくれようと試みる。
「痛っ、痛い、幸久、痛いです!」
あまりに強く幸久が腕を掴むものだから痛くて堪らない。もう腕が折れる!
「幸久さん、貴史さんが痛がってすから手を離してあげてください」
「貴史に裏切られた! 許さない!!」
幸久を宥めようとする橋田だが、幸久は聞く耳を持たない様子で激怒している。
どうしよう。
何をどう誤解されたのだろうか。
「そんな、私、貴方を裏切る様な真似は……」
ひっそり隠して幸久の黒歴史であろうゲイビをおかずにしてしまっているのは裏切り行為と言えば、そうな気もする……
「ほら見ろ後ろめたい事があるんじゃないか!」
ハッキリ否定しなかった事で、幸久は更に不機嫌になってしまう。
「ウウ、アッ、痛い……」
本当に腕が折れる。
「申し訳ありません!!」
「ウッ」
橋田の謝罪が聞こえたと思うと、幸久の小さい呻き声が聞こえ、倒れ込んだ。
「幸久? 幸久!?」
倒れた幸久を抱きとめる。
どうしたんだ一体!?
「ごめんなさい。どうしようも無かったので手刀を打っちゃいました」
テヘッと笑って見せる橋田。
おお、なるほど。凄い。
「助かりました」
ホッとした。
腕を見ると青アザが出来てしまっている。
「それで、なんで幸久さんを怒らせたんですか? 浮気者とか聞こえましたよ? 裏切るとはどう言う事ですか?」
橋田も俺を疑っている様子だ。倒れた幸久を新しく敷いた布団に寝かせつつも、不信そうな目つきで此方を見てくる。
全くの濡衣だ。
「解らない。処女アナルがどうこう言うから私は女性ではないし、違うと言ったら怒り出したんです」
何か問題があっただろうか。
間違いを指摘しただけである。それだけで浮気者とか裏切ったと罵られる言われはない。
俺はずっと幸久に忠誠を誓ってきた。幸久しか見てないのに。
酷い言われようである。
何かムカムカしてきた。
「あ〜あ、なるほどそれは……」
橋田は解ったらしく納得した顔をしている。
「何ですか?」
俺が悪いと言うのか?
「幸久さんも悪いですが、これは可哀相ですね」
なんて橋田は苦笑しつつ幸久に布団をかけてやっている。
なんだそれ。やっぱり俺が悪いのだろうか。何もしてないのに……
思わずムスッとしてしまう。
「貴史さんは男性と付き合った事は有りませんよね?」
「勿論ですよ!」
「ですよねー、男同士のセックスが解らないと嘆く程ですからね」
「え?」
俺、そんな事を言っただろうか。酔払っていて覚えていないかもしれない。
恥ずかしい……
「処女アナルって言うのは未開通のアナルの事ですから、それを否定したとなると幸久さんは貴史さんに経験が有るのだと思ったのでしょう。この感じだと女性とお付き合いした場合は幸久さんに紹介なり一言伝えていたのでしょう? そうなると、幸久さんからしたら貴史さんが自分にナイショで男と付き合い、知らない間に処女アナル喪失していた事になりますので、それはそれはすごいショックで我を忘れてしまったんでしょう。強かに酔っていますしね」
はぁ〜と溜息を洩らし、可哀相にと幸久の頭を撫でてあげる橋田。
な、な、な……
「なんて事でしょう……」
どうしよう。とんでも無い誤解をさせてしまった。
俺は、頭を抱える。
「どうして裏切り者だと言われた時にハッキリ否定せずに濁したのですか? そのせいで余計幸久さんは勘違いしてしまいましたよ」
「それは……」
だって幸久のゲイビで抜いてたなんて言えない……
「まぁ、事故みたいなものですし、幸久さんが起きたら誤解を解きましょう。取り敢えず僕はお風呂に入って来ますよ」
あ~あ~、湯冷めしちゃうよ〜と漏らしつつ、風呂場に戻る橋田に着いて行くと。
「どうしました? まだ何か有ります?」
着いて来た俺に気付き、不信気な顔をする橋田。
「いや、広さはどうかと思いまして」
十分な広さがある。これなら
「一緒に入らせて下さい」
「え……」
「さっきはゆっくり入らせて貰えなかったんです」
幸久が直ぐに上がろう上がろうと言うから温泉を満喫出来なかった。せっかくなのだからゆっくり浸かりたい。
それに腕が鬱血してしまったので、温めた方が良いかと思ったのだ。
「……そうなんですね」
橋田も別に良いと思ったのか、断らずに入って行くので、浴衣を脱いで俺も入る事にした。
湯船はそれなりに大きく、二人でも十分な大きさであった。
外の景色も見えて良い内風呂である。
月が綺麗に見えた。
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