32 / 34
第32話 社員のファインプレー
朝、朝刊を取りに行こうと部屋のドアを開け驚いた。
貴史さんが入口に座り込んでいたからである。
「え!? 貴史さん!?」
驚いて声をかけると、俯いていた顔を上げ、此方を確認する貴史さん。なんだか顔色も悪いし、元気がない。
「いつからそこに居たんですか!?」
そう聞いても困った顔で苦笑してみせるだけだ。
「兎に角、中に入って下さい」
朝刊どころでは無く、一先ず手を引いて貴史さんを部屋に招き入れた。
取り敢えずソファーに座らせてホットミルクを出してみる。
「……幸久さんと喧嘩でもしちゃいました?」
二人とも連絡をよくくれる。幸久さんから昨日、いよいよ決めようと思うと言うようなメールを貰って後押ししたし、貴史さんからも幸久さんに誘われていて緊張する。自分は大丈夫だろうか。ちゃんと出来るだろうかと言うメールを貰った。だから、大丈夫ですよ、例え上手く出来なくても後々良い思い出になるでしょうから緊張しないで、天井の染みでも数えていたら良いんですよみたいな返事を送った。
だから昨夜は幸久さんとホテルに泊まった筈なのだが……
初めてのアナルセックスが上手く行かなかったのだろうか。酔った幸久さんがいつもの様にアナルで抱いてしまったか、若しくは寝てしまったか…… まさか痛がる貴史さんに無理強いしたり…… いきなりアブノーマルなプレイなんてしてないだろうな。
貴史さんは何と言おうか迷っている様子で、ホットミルクを飲んでいる。
「おかわりは要ります? あ、朝食がまだですよね? トーストを焼くぐらいしか出来ませんが……」
「……朝からすみません」
「やだなぁ、僕たちもう親友みたいなものじゃないですかぁ。困った時に頼って貰えたらなら嬉しいですよ」
申し訳無さそうな表情の貴史さんは今にも泣きだしそうに見え、僕は出来るだけ明るい笑顔で笑いかけ、安心させようとした。
朝食の準備をする為に立ち上がる。何か、食べた方が元気も出るだろう。
少し落ち着かせた方が話しやすくもなるだろうし。
全く幸久さんと来たら、いったい何をやらかしたのか。
「あ、シャワーとか浴びたかったら浴びて来て下さい」
「では、お言葉に甘えます」
シャワーをすすめると、貴史さんはシャワーを浴びに向かった。
僕は朝食を準備し、さっき取りそびれた朝刊を取りに外に出る。
三十分程して、貴史さんはシャワーを浴び終えリビングに出てきた。
少し顔色が良くなった様にも見える。
僕は準備した朝食をテーブルに並べ、さっき読んだ朝刊を貴史さんの側に置いた。
椅子に腰掛ける貴史さん、もういつもの貴史さんだ。ちゃんと髪も整え、ピシッとし、朝刊を片手に珈琲を飲む姿は絵になる。
「今日は一日中晴れですね」
真剣な顔で何を見てるのかと思えば一般的な会話が始まって思わず笑ってしまった。
「フフ、明日も晴れなら良いですけどね」
三人で遊ぶ約束だが、どうなるか解らないな。
「週間予報では晴れてます」
「週間予報はよく外れますね」
そんな当たり障りのない会話が終わると、貴史さんは朝刊を畳んでテーブルに戻す。
朝食のトースト摘む。
僕も一緒に朝食を取った。
片付は二人でし、ソファーに戻ると、本題を切り出す事にする。
「で? 貴史さんはどうして朝っぱらからあんな場所で落ち込んでいたんですか?」
僕の所に来たと言う事は話しを聞いて欲しいのだと思う。で、無ければ貴史さんは自分の家に帰るだろう。
僕だって貴史さんに頼って貰えるのは嬉しい。
「その、昨夜は幸久さんとホテルに泊まったんです」
貴史さんは言葉を選ぶようにゆっくり切り出した。話す気になってくれて良かった。
僕は急かすでも無く、頷く。
彼のペースで話してくれれば良い。
「幸久さんにプロポーズされたんです」
「おめでとうございます?」
いい話だ。あの幸久さんがちゃんと手順を踏んでいる。偉い!
「はい、でも私、困ってしまって…… 断ったんです」
「え!? どうしてですか!?」
まさか断るとは。貴史さんも幸久さんを愛している筈だ。断る理由なんて無いだろうに。
「幸久さんは良家の娘さんとお見合いして、跡取り息子を産まなければならないでしょ?」
「えー……」
いつの時代の話だろう…… 僕は困惑してしまう。確かに男同士と言うのは人目も有り、公に出来るものでも無いし結婚だって出来ない。養子縁組する他無いのだが、だからと言って幸久さんも望んでいないような結婚をしなければならない訳ではないだろう。
「幸久さんは何と?」
「養子を取るなり他の方法を考えると……」
「そうでしょうね」
「でも、私は嫌なんです! 幸久さんには女性と結婚して貰って可愛い子供を作って欲しいんです!」
「どうしてですか?」
「それが幸せだと思うから….」
「本当にそうでしょうか?」
「幸久さんが結婚しないとなると、田中家は絶えてしまいます。私の家は良いですが、幸久さんの家は代々の歴史ある家なんですよ? それを私のせいで潰してしまうなんて、会長やその他の人にも顔向け出来ません」
「歴史が何です! 源氏も平家も滅びましたよ! いつか潰えるものです」
「それでも私には出来ません!」
貴史さんは頑なである。これは幸久さんも堪えた事だろう。
困ったな……
「私はこんな話しをしたくてここに来た訳では無いのです……」
貴史さんは困った表情をし、拳を握っていた。
「はい?」
これが本題では無かったのか。
「幸久さんは解ったと指輪を引っ込めてくれたのですが……」
「なるほど」
怒ったり、強引な事はせず、一旦引いたのだろう。この様子では貴史さんの説得には時間を要しそうである。賢明な判断だ。
では、本当に何が不満で飛び出して来てしまったのか。
「セックスしてくれなかったんです」
「え?」
「昨夜、私を抱いて下さらなかったのです……」
「え?」
今にも泣きそうな表情の貴史さん。
どういう事だろうか。
まさか、プロポーズを断られたからと、幸久さんの方が怒って帰ってしまったとか? それは最低である。
「昨夜抱いて下さると約束したのに、私の大事な初めては私がプロポーズを受けなければ出来ないと言うのです。心が欲しいと……」
「え? はい? ん??」
ポロポロと泣き出してしまう貴史さんだが、幸久さんが言っている事は凄く紳士的でまともな事だ。誠意を感じられる。
幸久さん、成長したなぁって感動すら覚えるのだが……
「そんなの、私は幸久さんのプロポーズを受ける気がないのに、一生抱いて頂けないじゃないですか! 私をこんな体にしたのに、早く幸久さんに抱いて欲しくて堪らなかったのに、彼は気持ち良さそうに私の隣で寝やがりましたんですよ!」
「お、落ち着いて下さい貴史さん」
声を荒らげ捲し立てる様に言う貴史さんはもう、口調がごちゃごちゃだ。
「だから私とセックスしてください!」
徐に立ち上がる貴史さんは、隣に座る俺を押し倒し、馬乗になった。
な、何事!!??
「ま、待って下さい、どういう事ですか??」
何故、こんな展開に!?
「幸久さんは私が初めてだから大事で抱けないと言うのです。ならば初めてで無くなれば良いのです! そしたらセフレと同じ様にフランクに抱いて下さる筈!」
「貴方って本当に……」
変な所で思考が飛んでも無い方へ飛んでしまっている。
何でそうなってしまうのだ。
「落ち着いて下さい貴史さん、僕が幸久さんにクビにされてしまいますよ〜」
クビで済めば良いが、下手をするとあの世まで飛ばされ兼ねない。
「幸久はそんな事しませんよ安心して下さい。もしもの時は私が助けます」
「心強いですけど、あー! ちょっ、駄目ですってば!!」
下半身に手を伸ばしてくる貴史さんにどうしようも無くなり、ぐるりと体制を変え、逆に此方が押し倒す。
「私達、親友ですよね?」
「はい、親友です」
「親友の頼みが聞けないんですか?」
「道を踏み外しそうな親友を引き止めるのも親友です」
押し返そうとする貴史さんと、何とか動きを制そうとする僕の攻防。
「どうしてですか? 私、何か変な事をしてます? 幸久と裕也はセフレでセックスしてたのに私は駄目なんですか? それって差別じゃないですか!」
「幸久さんとはもうしませんし、これからもしません! 僕はフリーの人としかセフレにならないの!」
「親友なのにセフレにはなれないのか?」
「なれません!」
「そんな……」
貴史さんは、ショックを受けた様なガーンとした表情になる。
本当にたまにぶっ飛んだ思考になってしまう貴史さんが心配でしょうがない。
大丈夫か、この人。
「解った。じゃあお店で探す」
駄目だ。全然大丈夫じゃない。
カチャカチャと、焦った音が聞こえたと思うと、僕の部屋のドアが開いた。
合鍵を渡しておいて良かった。
ともだちにシェアしよう!