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2枠目-花が綻ぶような
「まさか気がつくなんて思ってなくて……勝手にスマホ覗いてすみません」
遠慮がちに、こちらに視線を投げて、頭を下げる。さらりと派手な髪が揺れて戻るまで、数秒エラーを起こしたままの脳に何とか言葉を紡がせる。
「いえ、あの、気にしないでください! こちらこそプライベートでしょうに声かけてしまってすみませんでした!」
勢いよくというか、勢いをつけすぎた謝罪に、お互い気まずそうに笑うことぐらいしか出来ない。無情にというか、なんというか、電車というものは一種の密室で、僕と正真正銘本物のKU-TOさんは肩を並べて窓の外の景色をぼーっと眺めるほかなかった。
とはいっても、何も話さないのも話さないで居心地が悪いような気がして、余計な心配かなと思いつつ口を開く。
「まさか本人に会えるとは思ってませんでした。てっきり……」
もっと大人の、年上の男性をイメージしていたので……とは、言えず思わず出た言葉の続きを飲み込む。近所のラーメン屋さんのメニューを真剣に見て唸っている姿は、その砂糖菓子のような容姿からは想像がつかず、僕の中の″ちょっとくたびれたスーツ姿の青年″が、ぽんっと音を立てて消えてしまった。
「えと、てっきり……都会の方に住まれているかと……」
なんとか絞り出した答えに、KU-TOさんは妙に納得した様子で相槌を打ってくれた。
「あー去年まではそうだったんですけど、今年からこっちの大学に進むことになって……」
「そういえば配信でも引っ越しのお話、されてましたね」
たしか、実家住みから一人暮らしになって、いつも帰宅後、母や弟に近況を報告しながら夕飯を食べるのが習慣だったのに急に話し相手が居なくなってむずがゆい思いをしていたところ、この動画配信サイトに出会い物は試しと配信をはじめた……みたいな入りの配信があったと思う。
「服の入った段ボールが片付かなくて、遊びに来た友人が痺れを切らして、鬼コーチになって土日返上お片付け会があった……みたいな」
聴いた時は、新社会人なのかな?と、特に気になりはしなかったけど、大学生だと考えたらいろいろな辻褄が合う気がする。
「え、よく覚えてますね、結構初期の配信だったと思うんですけど……」
KU-TOさんが驚き半分怪訝さ半分の表情で、記憶を手繰るように視線を右上へ持ち上げる。しまった、と反射的に手で口を覆うが口から零れ落ちたものがナシになるわけじゃない。よく覚えてますね、なんて……覚えてるにきまってる。
1、特に気に入った回はタイトルを暗記してしまったほど、何度も見ている。
2、KU-TOさんがオススメしていた食べ物、飲み物、場所……メモして休日に試している。
3、極めつけに、先月の連休3日間KU-TOさんの配信アーカイブを初配信まで遡ってずーーっと聴いていた。
そう、些細なエピソードでさえ忘れようがないほど、僕はKU-TOさんにハマっていた。ちょっと本人には恥ずかしくて言えないくらい。いや本当に。
「先日丁度、アーカイブを見直していて……!」
「まじっすか、えーありがとうございます……嬉しいです」
慌てて取り繕う僕に、KU-TOさんはゆるく微笑む。花が綻ぶようなって言葉があるけど、こういうことか。と、じっと見つめてしまう。改めて見ても派手だ。なんかキラキラを背負ってる気がする。
「あの、お兄さん」
「へ? あっ、すみません! じろじろ見ちゃって!!」
「え? あははっ、気になりますよね! オレめちゃくちゃ個性的でしょ?」
KU-TOさんは自分の頬をむにっとつまむと、にっと笑った。釣られてふふっと笑ってしまう。なんとなく柔らかい雰囲気の中、あっ! とKU-TOさんが声を上げる。
「本当はこういうの反則っていうか、マナー違反なんだと思うんですけど……お兄さん、名前教えてもらえませんか」
突然の事で、ぽかんとしつつ、脳が言葉を処理しきれていないまま、次に聴きなじんだその声はこう続けた。
「オレ、永坂空都 です。空の都でクウト。 お兄さんは?」
「あ、う……」
「あう? さん?」
二の句が継げないボクをからかうように、KU-TOさん……もとい、空都さんはクスっといたずらっぽく目を細める。
「じゃ、じゃなくて! 久原海で、す……」
「海さん、ね……じゃあ海さん改めまして、オレのファンで居てくれてありがとうございます。」
「は、はい……!」
「それで、お願いなんですけど」
「はい?」
「オレと友達になってください」
今日一番の笑顔で、僕の推しはとんでもない事を言い放った。
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