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第5話

 瀬戸と仕事をしていると、犬飼はいつも思い知らされる。そう、遠い昔、駅であの広告を目にしていたときのように。  おそらく本人は意識をしていないのだろうが、たとえば犬飼などがこつこつと努力して積み上げてきたものを、瀬戸は実に軽々と越えていく。ほんの一瞬で、それは鮮やかなまでに見事に。  そして、彼にはある悪い噂があった。  ――鳳凰堂に勤めている知り合いから聞いたんですけど、あいつ、前の会社でデザインを盗用したらしいですよ。しかも、そのことを責められても、全く謝らなかったらしいです。  誰かが聞いてきた話がまことしやかに広まり、根拠のないただの噂話は、いつしかあいつならしそうだと、事実としてささやかれるようになってしまった。これで瀬戸が少しでも人好きのする性格だったら話は違ったのだろうが、何しろ普段の態度が態度だ。瀬戸を庇う者はひとりもいなかった。  確かに愛想はないし、仕事はできるが人間的に大きな問題があるのも事実だ。だが……。  あいつがそんな面倒なことをするだろうか。  犬飼自身は、瀬戸が他人のデザインを盗用するとはどうしても思えないのだった。  今回、瀬戸と向井が担当するのは、今度代官山に店をオープンするチョコレート専門ショップのパッケージデザインだ。昨年、フランスで開催された「サロン・デュ・ショコラパリ」において、レ・メイヤー・デ・メイヤー(最高のショコラティエ賞)を日本人が獲得した。若手だがとても実力のあるショコラティエのチョコレートが日本でも食べられるとあって、オープン前から様々な媒体で取り上げられるなど、すでに話題になっている。  初めは笠井を指名に仕事の依頼がきたのだが、現在笠井がどうしても手が外せない仕事にかかっているため、受けることができなかった。代わりにと、瀬戸がこれまで手がけた仕事をいくつか見せたところ、先方に気に入られたため、うちが仕事を請け負うことになった。本来ならば瀬戸が単独でやればすむ話なのだが、今回あえて向井を一緒につけたのは、互いに補う部分があると思ったからだ。うまくすればこれを機に少しでも職場の環境がよくなればという目論見もあったが、さすがにそれは犬飼の考えが甘かったようだ。毎日のようにぶつかるふたりの姿に、犬飼もお手上げ状態だった。

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