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第6話
デスクに戻ると、向井が苛々したようすで席に向かっていた。向井の緊張感が周囲に伝わるように、職場の中はピリピリした空気に包まれている。そんな中、瀬戸だけが淡々とマイペースに仕事をしていた。
瀬戸もなあ、もう少し、ほんの少しでいいから協調性を身につけてくれればなあ……。
もちろんここは仕事をする場所であって、すべてを一から教えてくれる学校とは違う。瀬戸が言うことも一理ある。しかし――。
少なくとも瀬戸にとっても、悪いことではないと思うのだが……。
しくしくと痛む胃をさすりながら、犬飼はひっそりとため息を吐いた。
「ただいまー、クロ。帰ったぞー」
玄関を開けると、愛猫のクロが犬飼の帰りをじっと待っていた。靴を脱いで玄関を上がった犬飼の足元に、艶やかな毛並みをした身体をすり寄せる。
「ごめんなー、お腹が空いただろう」
犬飼は着ているコートもそのままに、手にしていた郵便物の束をテーブルに置くと、専用の皿の上にドライフードを出した。日中留守番をしているクロのため、エアコンはつねにつけてある。夢中で餌を食べ始めるクロを眺めながら、ようやくコートを脱いだ。
クロは犬飼の愛猫だ。名前の通り真っ黒な猫で、金色の目をしている。
いまから一年ほど前、道ばたで生後間もない子猫を拾った。へその尾はまだついたままで、棄てられたのか、それとも母猫に育児放棄をされたのかはわからない。しばらく待っても誰も現れず、着ていたコートに包んで動物病院へ連れていったときも、正直自分が猫を飼うことなど考えてもみなかった。ただ、あまりに小さくて、いまにも死んでしまいそうな命を、そのまま放ってはおけなかった。数日間の入院のあと、家に連れて帰ったときは、正直どうしていいかわからず途方に暮れた。すべてが手探りの状態で、自分よりも遙かに小さな命を扱うことが恐ろしかった。そんな犬飼を助けてくれたのは、いまの職場の同僚たちだ。実家で猫を飼っていた向井が、取り急ぎ子猫に必要なものを教えてくれた。また、社長の笠井が動物好きなことも助かった。クロがまだ小さいころは、毎朝専用のケースに入れて犬飼と一緒に出勤した。はじめは警戒して犬飼以外には懐かなかったクロは、しばらくすると自分に危害を加えることはないと理解したのか、休憩時間には猫好きの同僚たちに遊んでもらうようになった。たくさんのひとの愛情と手を借りてすくすくと育ったクロは、いまでは犬飼の大切な家族であり、唯一の癒しでもある。
「よしよし、たくさん食べろよ」
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