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第9話
瀬戸のようすを見てやってくれと、笠井から直々に頼まれたのは一ヶ月ほど前のことだ。確かにいまのままでは問題だが、なぜ俺がという気持ちが正直なくもない。
瀬戸といると胸の奥がざわざわする。それまでそれなりの経験を積んできたし、いまの自分に満足していると言ったら嘘にはなるが、ようやく仕事でもそこそこ結果を出せるようになった。それなのに、瀬戸の前に立つと丸裸にされたような心もとない気持ちになる。それがあいつの才能に対するコンプレックスなのか、もっと別の種類のものなのかはわからないが、犬飼は突きつめて考えることを心のどこかで恐れていた。
腹のあたりにわずかな重みを感じた。食事を終えたクロが、いつの間にか犬飼の腹の上に頭を乗せていた。クロの頭をやさしく撫でてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。無防備なまでに自分に愛情と信頼を寄せてくれるクロの存在は、陰鬱な犬飼の気持ちを和ませる。
「俺にはお前がいればいいよ」
犬飼にとって、クロといる時間が唯一ほっとできて、癒される時間だった。
「とりあえず風呂だ、風呂に入ろう。ごめんな、ちょっとどいてくれな」
最近めっきり増えたひとり言を漏らしながら、とりあえず安西さんのところの件はまたあとで考えようと、犬飼は問題を後回しにする。クロの頭をそっと外すと、浴槽に湯をはるため、ソファから身体を起こした。
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