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第11話

 安西さんのところの仕事はいったん瀬戸がひとりで担当することになった。協調性には欠けるものの、淡々と、しかし確実に仕事をこなす瀬戸と違って、瀬戸を意識しすぎる向井のスタンドプレーが行き過ぎたせいだ。わかりやすくはっきりと落ち込む向井に、犬飼はどうしたものかと頭を悩ませつつも、瀬戸が不参加なことにどこかほっとする自分を感じていた。  気がつけばこちらをじっと見る瀬戸の視線を感じる。目が合って、何か用事があるのかと思えば、ふいっとそらされてしまう。言いたいことがあればはっきり言えばいいのに、理由がわからないからどこか居心地の悪さを感じてしまう。 「いかん、仕事しよ」  犬飼はコーヒーカップに口をつけると、自分の席へと戻った。  当日は晴天だった。薄青い空に、満開の桜が棚引くように咲いている。子猫のときに職場に連れて行っていたせいか、クロは専用のバッグに入ることを嫌がらない。さも自分が一緒に出かけることが当然の顔をして、大人しく犬飼に運ばれている。公園内は同じく花見客で賑わっていた。園内の中央広場は芝生になっていて、腰を下ろしたりそのまま横になったりすることもできるから、桜の季節じゃなくても休日にはそこそこ混んでいる。広場を囲むように桜の樹がぐるりと植えてあり、その下にはいくつもの出店が立ち並んでいた。きょろきょろとあたりを窺う犬飼に、「犬飼さーん、こっちこっち」と呼ぶ桜井さんの声が聞こえた。手招きされたほうへと向かう。 「すごいひとですね」 「来週からは雨予報だからね。みんな考えることは同じ。わー、クロちゃん久しぶり~! 相変わらずきみはハンサムくんだねー!」  バッグから顔をのぞかせるクロに、桜井さんが声をかけた。桜井さんの背後から、小学校低学年くらいの女の子が顔をのぞかせた。 「娘の舞です。舞、犬飼さんとクロちゃん」 「こんにちは。お母さんにはいつもお世話になっています。クロ、舞ちゃんだよ。舞ちゃん、鞄の中からごめんね」  クロが入ったバッグを持ったまま、腰を屈め、少女の視線の高さに合わせて挨拶する。恥ずかしいのか少女はもじもじしたあと、クロ見て瞳を輝かせた。 「ねこさん……」

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