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第12話

 驚かさないよう、キャリーバッグにそっと小さな手を伸ばす。見知らぬ顔に、クロが興味深そうな顔を向けた。 「逃げないとは思うんですが、一応外には出さないほうがいいと思うんです」 「そうね、何かあってからじゃ遅いしね」 「あ、そうだこれ」  犬飼は駅前のデパ地下で買ってきた総菜を桜井さんに手渡した。広げたビニールシートの上で、すでに宴会を始めている職場の面々の中に瀬戸の顔を見つけて、犬飼はあれっ、と声を上げた。 「あいつきたんですか?」 「ああ、瀬戸くん? 興味ないって言っていたのにね」  みんなからは離れた場所で、ひとりつまらなそうにしている瀬戸を見て、桜井さんがおかしそうに笑う。 「きのう急に話しかけてきたと思ったら、花見、自分も参加しますって言うからびっくりしちゃった」 「おかしなやつだなあ。最初からきたければきたいって素直に言えばいいのに」  犬飼の言葉に、桜井さんがふふっと笑った。 「まあ、彼もまだ若いから」  自ら望んで参加したくせに、その割にちっとも楽しそうでないのが瀬戸らしい。  そのとき、舞ちゃんが桜井さんの服の裾を引いた。 「そうだ、この子トイレに行きたいって言っていたんだった。ちょっと行ってきます。犬飼さんも楽しんで」  職場のグループに近づくと、「おお、犬飼きたか! ほら、ここに座れ、座れ」と腕を引っ張られた。そのまま腰を下ろそうとして、瀬戸がちらっとこちらを見たのに気がついた。 「よお」  軽く手を上げ挨拶しようとしたが、すぐに顔をそらされてしまい、犬飼は上げかけた手を所在なく下ろした。クロのキャリーバッグを自分のすぐ隣に置いた。

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