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第25話
「……信じるんですか」
「うん。だってお前、そんなことしないだろう」
意識しなければ気づかないくらい、瀬戸がはっと息を呑んだのが感じられた。眼鏡の奥の瞳がわずかに見開かれている。瞳に浮かぶのは、何だろう、驚きとわずかな戸惑いだろうか? 思いがけず素直な反応に犬飼が内心で驚いていると、瀬戸が前に身を乗り出した。気のせいか、さっきよりもその身体から力が抜けているように感じる。
「そいつにだけじゃなくて、俺にもやさしくしてください」
「……そいつってクロのことか?」
いったい何を言われているかわからず、犬飼は戸惑う。
「猫もですが、そのバカもです。あんたは俺以外の人間にはひどくやさしい」
「そんなことないだろう」
驚いて犬飼が答えると、瀬戸がつんとした顔で、そんなことあるんですと答える。
犬飼はふっと息を漏らして笑った。瀬戸が冗談を言っていると思ったのだ。
表情はいつもとほとんど変わらないくせに、つんと拗ねたようなその態度が、なぜだか大きな猫のように見えた。こちらが気になっているくせに素直に態度に表せない、そう、まるでこの家にきたばかりの、警戒していたころのクロのように。
「なんだよ、お前も頭を撫でてほしいの?」
そのとき、ひょっとしたら自分も酔っていたのかもしれない。そんな冗談を言えるくらいには。
「ええ、そうですね」
犬飼としては軽い冗談のつもりだったのに、まさかの返答が返ってきてぎょっとする。
――瀬戸さん、犬飼さんには懐いているから。
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