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第26話

 ふいに、桜井さんに言われた言葉が甦る。今夜、瀬戸と向井と飲むことになったことを伝えたときに、さも納得した顔でそう言われたのだ。まさかと否定した犬飼に、「あら、気づいてなかったんですか?」と桜井さんは逆に驚いたように言った。瀬戸さん、飲み会にはほとんど参加しないけど、犬飼さんがくるときだけはこれまでも参加していたじゃないですかと。  犬飼の目の前で、瀬戸が目をつむった。普段は眼鏡の奥に隠れて見えない長い睫毛が艶やかに行儀よく並んでいる。まるで引き寄せられるように、犬飼の手が瀬戸のほうへと伸びた。やや癖のある柔らかい黒髪に触れた瞬間、犬飼ははっとなった。弾かれたようにその手を自分の胸元へと戻す。 「あ、甘えるなっ」  平静を保って答えたつもりだが、果たしてうまくできているのか自信がない。瀬戸はちえっと呟いた。  心臓がもの凄い速さで鳴っている。さっき男の髪に触れた指先が、じわりと熱を帯びていた。その熱を胸の中で何度も反芻したくなる意味を、犬飼は無理矢理気づかないふりをした。

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